1.なぜZ世代にフォーカスするのか?
現代の企業経営において、Z世代と呼ばれる若手人材の育成は、人事だけの課題ではなく、組織の持続的成長を左右する経営課題となっています。
1990年代半ばから2010年代序盤に生まれたZ世代は、今後、企業の中で中核を担う存在です。したがって、企業はこの世代が持つ価値観や行動様式を理解したうえで、育成モデルを再構築する必要があります。
これまで多くの企業で採用されてきた人材育成の枠組みは、X世代やY世代を対象に設計されたものが大半を占めます。しかし、この伝統的なモデルは、Z世代の価値観とのズレが生じています。その結果は、エンゲージメントの低下やポテンシャルの未発揮にとどまらず、早期離職率の増加という問題を引き起こします。この根底には、上司世代とZ世代の間にある、仕事やキャリアに対する「アタリマエ」の違いが存在します。
本稿は、Z世代というこれから中核となる新たな世代を、組織の成長エンジンへと転換するための育成フレームワークのヒントをご提示するものです。
2.Z世代とは? Z世代の価値観と行動特性
Z世代のポテンシャルを最大限に引き出すためには、まずこの世代がどのような存在であるかを理解することが必要です。Z世代の価値観や行動様式は、育った時代背景と結びついており、その解像度を高めることが、効果的な育成戦略検討の第一歩になります。
Z世代の定義と時代背景
Z世代とは、一般的に1990年代半ばから2010年代序盤にかけて生まれた世代を指す呼称です。
この世代区分は日本国内に留まらず、世界共通の概念として認識されています。グローバル化とデジタル化が加速した環境で育ち、国境を越えて類似した情報や文化に触れる機会が多く、価値観においても共通の傾向が見られるのが特徴です。
Z世代を定義づける重要な特徴は、この世代が「真のデジタルネイティブ」であるという点です。Y世代(ミレニアル世代)が成長の過程でインターネットの普及を経験した「デジタルパイオニア」であるのに対し、Z世代は物心ついた頃からスマートフォンやSNSが日常に溶け込んだ環境で育っています。つまり、この世代にとってデジタル技術は、後から学ぶツールではなく、思考やコミュニケーションの基盤そのものになっていると考えられます。
もう一つの側面は、社会経済的な「不確実性」による価値観の醸成です。
幼少期から青年期にかけて、リーマンショック後の世界的な金融危機や長期にわたる経済の停滞、そして新型コロナウイルスのパンデミックといった未曾有の危機を経験した世代です。これにより、Z世代は将来に対して楽観的な見通しを持つことが難しく、堅実で現実主義的、かつリスクを回避する傾向が強い価値観を育んだと言われます。終身雇用といった旧来の安定モデルへの期待は低く、特定の企業への帰属意識も希薄とされます。
Z世代の価値観
Z世代を理解するためには、彼らの行動を方向づける主要な価値観を把握することが有効です。以下に挙げる7つは、Z世代の仕事観や人生観に根付いています。
- 多様性とインクルージョン
Z世代にとって、人種、性別、性的指向、価値観などの多様性の尊重は前提になっています。異なる背景を持つ人々とオープンで平等なコミュニケーションを好み、不公平や差別に対して敏感です。 - 社会貢献・環境意識
SDGsやサステナビリティといった社会課題への関心が非常に高い世代です。
単に利益を追求するだけでなく、社会に対してポジティブな影響を与えることを企業に期待しており、自らの仕事にも社会的意義を求める傾向が強くなっています。 - タイムパフォーマンス (タイパ)
言葉の通り、時間対効果を極めて重視します。
情報収集においては、従来の検索エンジン(ググる)よりも、SNSで自分の求める情報に最短でたどり着く「タグる」を好み、動画コンテンツは倍速視聴や切り抜き動画を活用します。この価値観は、非効率な業務や目的の不明確な会議を嫌う傾向にも直結しています。 - 自分らしさの尊重
組織の論理よりも個人の価値観を大切にし、職場でもありのままの自分でいることを望みます。「仕事は人生の一部」と捉え、自己犠牲を伴う働き方を拒絶する傾向があります。 - 承認欲求と仲間意識
SNSネイティブである彼らは、コミュニティ内での共感や承認(「いいね」)を強く求めます。競争よりも協調を好み、互いに認め合い、助け合える人間関係を重視します。 - 現実主義と「キャリア安全性」
不安定な社会で育ったため、一つの企業に依存することのリスクを理解しています。そのため、終身雇用という「雇用の安定」ではなく、どの組織でも通用するポータブルなスキルを身につけることで、自らの市場価値を高める「キャリアの安全性」を求める傾向にあります。 - メンタルヘルスとウェルビーイング
精神的な健康を身体的な健康と同等に重視し、オープンに語ることに抵抗がありません。心理的安全性が確保され、ワークライフバランスが尊重される職場環境を求めます。
特に留意すべき特性
Z世代の育成を考える上で、特に留意すべき心理的特性が失敗を恐れ、承認を求める心理です。
彼ら彼女らは、SNS上での「炎上」を日常的に目の当たりにしてきた世代で、自分の意見を公に表明したり、他者から批判されたりすることのリスクを感じ取っています。
この経験が、現実の職場においても失敗を極度に恐れ、自発的な挑戦や意見表明を躊躇させる一因となっていると言われ、「失敗したくない」という気持ちが強く、新しい業務への挑戦よりも、まずはミスなくこなすことを優先する傾向が見られます。
このような失敗回避の志向は、裏を返せば「心理的安全性」への強いニーズを意味するとも解釈できます。
安心して挑戦し、能力を発揮するためには、質問や相談が気軽にでき、たとえ失敗してもそれが学びの機会として捉えられるような、非難や叱責のない職場環境が望ましいでしょう。上司や先輩からの承認や肯定的なフィードバックは、自己肯定感を高め、次の一歩を踏み出すための重要なエネルギー源となります。
また、「タイパ」を重視する彼らの姿勢からは、目的が不明確な指示や冗長な会議は、時間を無駄にする行為として嫌忌されるでしょう。
逆に、明確で論理的な指示や目的のはっきりしたコミュニケーションは、それ自体がもたらす効率以上にZ世代との信頼関係を築く上で重要といえます。
3.X・Y世代との比較
ここでは、X世代、Y世代(ミレニアル世代)と比較することで、Z世代の仕事観の独自性に着目します。
キャリア観の変遷:「組織への忠誠」から「個人の市場価値」へ
世代ごとに理想とするキャリアのあり方は大きく異なります。
- X世代 (1965年~1980年生まれ)
アナログとデジタルの移行期を経験し、組織への帰属意識や安定を重視する傾向が比較的強い。
一方で、バブル崩壊後のリストラなどを目の当たりにしてきたため、自立心も併せ持つ。仕事とプライベートは明確に分けたいと考える人が多い。 - Y世代 (ミレニアル世代、1981年~1995年生まれ)
デジタル技術の発展と共に成長したデジタルパイオニア。
ワークライフバランスや仕事のやりがい、自己実現を重視する。安定志向も持ち合わせつつ、転職への抵抗感はX世代より低い。 - Z世代 (1996年~2012年生まれ)
デジタルネイティブであり、仕事は多様な人生を構成する一要素と捉える。
彼らのロイヤリティは、特定の企業ではなく、自身のスキルセットとキャリア形成に向けられる。そのため、キャリアアップのための転職や副業は、特別なことではなく、当たり前の選択肢として認識されている。企業選択の基準も、「勤め先の安定性」から、「個人の成長機会」や「福利厚生」へとシフトしている。
Z世代が就職し始め、この世代の価値観が徐々に各社に蓄積していくと同時に、労働人口の需給ギャップが重なって、コロナ禍が明けた以降は、如実に企業と従業員の関係性に変化が見られます。
かつてX世代が暗黙のうちに結んでいた「忠誠と引き換えの安定雇用」は、もはや崩壊しています。個人の能力が評価されれば、いくらでも会社を選べるのです。
Z世代は、この現実を前提として、「企業は私の市場価値を高める成長機会と、柔軟な労働環境を提供せよ」と主張しているのです。
したがって、長期的な安定を約束するだけのリテンション施策よりも、個々の従業員の「今、ここでの成長」にコミットする姿勢こそが、この世代のエンゲージメントを確保する鍵となります。
だからこそ、育成の施策がとても重要になるのです。
世代別の価値観・働き方一覧
各世代の価値観を一覧表としてまとめました。
| 項目 | X世代 | Y世代 (ミレニアル) | Z世代 |
| 主な特徴 | 自立心が強い、 デジタルも活用するが 対面重視 | デジタルパイオニア、仲間意識が強く共感を求める | デジタルネイティブ、多様性を尊重し、 タイパを重視 |
| キャリア観 | 組織への忠誠、 安定志向 | 自己実現、 ワークライフバランス | キャリア安全性、 個人の市場価値向上 |
| コミュニケーション | 対面・電話を重視 | メール・SNSを併用 | チャット・SNSが 基本、即時性を好む |
| 求める上司像 | 強いリーダーシップを発揮する存在 | コーチ・メンターとしての支援者 | 対等なパートナー、 フラットな関係 |
| フィードバック | 年次などの 定期評価 | ポジティブな内容を 含む定期的 フィードバック | 即時的、具体的、 双方向の対話 |
| テクノロジー | 後から習得した ツールとして利用 | ITの発展と共に 成長し、使いこなす | 生まれた時から 存在するインフラ |
4.育成戦略の再設計:4つのフェーズ
Z世代の育成は、入社から一人前の戦力として活躍するまでの各段階において、彼ら彼女らの価値観に合わせて再設計する必要があります。
ここでは、育成プロセスを「オンボーディング」「能力開発」「マネジメント(コミュニケーション)」「キャリア自律支援」の4つのフェーズに分け、それぞれの段階で実践すべき具体的な戦略を提案していきます。
Phase 1: オンボーディングと初期定着
入社後のオンボーディング期間は、Z世代のエンゲージメントと定着を左右する重要な時期です。
このフェーズの目的は、単なる業務知識の伝達ではなく、心理的安全性を確保し、組織への帰属意識を育み、「この会社を選んで正解だった」と感じられる環境を構築することにあります。
- 構造的で透明性のある計画
Z世代は、一つひとつのタスクの「なぜ」を理解することで、納得感を持って取り組むことができます。そのため、オンボーディング期間の全体像と各研修の目的を明確に提示することが重要です。 - コミュニティ形成の意図的な設計
業務上の関係構築だけでなく、同期や他部署の先輩社員との繋がりを意図的に創出することも効果的でしょう。
オンラインも悪くありませんが、できればオフラインでの懇親会やチームランチなどをリアルを重視すべきです。すでに入社前のイベントを通じて一定程度のつながりは醸成できているでしょうが、この期間で、さらに強固なものに固めていくことが求められます。
株式会社メルカリが、コロナ禍を経てオフラインでの入社オリエンテーションを復活させた事例は、帰属意識の醸成における物理的な繋がりの重要視しているのではないでしょうか。 - スモールステップの実践
最初の目標を達成可能な小さなタスクに分解し、成功体験を積み重ねさせることも重要です。入社時から失敗を経験させたり、いきなり過酷な経験を積ませるようなスタイルはZ世代には適しません。
まずは失敗を恐れるZ世代の自信を育み、承認やポジティブなフィードバックの機会を頻繁に提供することからスタートしましょう。 - メンター制度の導入
直属の上司とは別に、年齢の近い先輩社員をメンターとして任命することも有効です。
メンターは、新人にとって業務上のフォーマルな質問だけでなく、企業文化への適応や人間関係といったインフォーマルな悩みも気軽に相談できるような「安全地帯」になります。
現実問題として、よほど困らないと人事には相談してきません。
配属部署の人間関係で困ったとき等、何か壁にぶち当たったり、悩んだりしたときに比較的気軽に相談できる相手がいるというのは心強いものです。メンターを任命する余裕がない場合は、人事に若手社員を配属して、新人全員のメンターに任命するのも一つです。
Phase 2: 能力開発
能力開発という側面では、従来の画一的な集合研修中心の学習モデルから脱却し、Z世代のデジタルな学習習慣、キャリア安全性と自らの市場価値向上へのニーズに応えるような個別最適化された学習環境の構築を図ります。
- 自己主導型・オンデマンド学習の提供
スマートフォンからアクセス可能なeラーニングプラットフォームや、社内ナレッジをまとめた動画ライブラリを整備します。
Z世代には、自分のペースで、必要な時に必要な知識を学ぶスタイルが適しています。
トヨタや伊藤忠商事、SBプレイヤーズ等が導入するUdemyや、KDDIや丸井グループが導入するSchooなど多くのオンライン研修サービスが存在しており、複数を組み合わせて導入している企業も存在します。 - 体験型・プロジェクトベース学習 (PBL) の重視
Z世代は「やってみる」ことで学びます。
座学中心の研修を減らし、シミュレーションやケーススタディ、実際の業務に近い課題解決型のプロジェクトを増やすことで、学んだスキルを即座に実践する機会を提供するように設計します。
例えば、以下のようなものが挙げられます。- ビジネスシミュレーション
コスト意識や戦略的思考を養うことを目的に、経営シミュレーションゲーム(例:「The 商社」「ペーパータワー」)を実施するのも一つです。
また、実際のクレーム事例を基にした顧客対応ロールプレイングや、商談交渉のシミュレーションを行い、実践的なコミュニケーションスキル向上を目指すのも良いでしょう。
これは人事でなくとも買う部門で十分実施可能な育成方法です。 - ケーススタディ
過去の自社プロジェクトの成功・失敗事例を分析し、意思決定プロセスやリスク管理を学んだり、「A商品の売上を20%向上させるためのマーケティング戦略を立案せよ」といった、現実的なビジネス課題についてチームで討議し、解決策を提案するのも一つの方法です。これも部門の実情に応じて実施できる手法ですね。 - 課題解決型プロジェクト
新規事業立案コンペを開催し、企画から収益モデルの策定、経営層へのプレゼンテーションまでを一貫して経験させる企画もフィットしやすいと思われます。
サイバーエージェントは、新卒の研修において、3週間で実際にAIサービスを開発させるプログラムを運用しています。これを直接真似するのは難しいかもしれませんが、実際にやってみるの先進事例としてご紹介します。
- ビジネスシミュレーション
- ゲーミフィケーションとマイクロラーニングの活用
学習プロセスにポイントやバッジ、ランキングといったゲーム要素を取り入れることも、この世代にフィットしやすいでしょう。
また、コンテンツを短時間で完結する形式(マイクロラーニング)で提供することは、「タイパ」意識に対応する打ち手になります。 - ソーシャルラーニングの促進
SlackやTeamsなどのビジネスチャットツールや社内Wikiを活用して、社員同士が知識やノウハウを共有し合うプロットフォームを整備することも有効です。
Z世代はオンライン上で他者と学び合うことに抵抗がありません。むしろ積極的な関与が期待できるでしょう。
Phase 3: マネジメント(コミュニケーション)
管理職の役割を、指示・管理を行う「監督者」から、対話を通じて成長を支援する「コーチ」へと変化させることが、この世代にはますます重要になります。
コーチのようなコミュニケーションを通じて信頼関係を構築することがポイントです。
- 高頻度かつ具体的なフィードバック
年次評価から脱却し、日々の業務の中でタイムリーなフィードバックを行う文化を根付かせる。Z世代がフィードバックに最も求めているのは、単なる称賛ではなく「明確な改善点の提示」であるという調査結果もあります。
URL:https://corp.penmark.jp/news/20250618
出典:【Z世代意識調査】成長に繋がるフィードバック、1位は「明確な改善点の提示」。 - 1on1ミーティングの頻度UP
Z世代は他の世代と比べて、より高頻度の承認を求める傾向があるという調査結果があります。そのため、週次や隔週など頻度の高い1on1ミーティングをマネジメントの基本動作とすることも有効でしょう。
URL:https://www.gallup.com/workplace/396470/bridge-generational-gap-recognition.aspx#:~:text=conducted%20by%20Gallup%20and%20Workhuman,with%20Gen%20Z%20and%20millennials
出典:世代間の認識のギャップを埋める方法 - 「WHY」を起点としたコミュニケーション
業務を指示する際には、必ずその目的や背景、チームや会社全体の目標との繋がりを説明することも重要です。自分の仕事が持つ意味や貢献度を理解することが、彼らの内発的動機付けを強力に引き出します。
Phase 4: キャリア自律支援
従業員が自らのキャリアの主導権を握り、会社をその成長を支援するプラットフォームとして活用できる環境を整えることが、Z世代の長期的な定着と活躍を実現するための最終フェーズになります。
- キャリアパスの透明化
社内で実現可能なキャリアステップや、各段階で求められるスキル、ロールモデルとなる社員の事例を可視化します。キャリアマップなどを用いて将来の見通しを明確にすることで、Z世代が抱きがちなキャリアへの不安を軽減する施策が有効です。
URL:https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_07792.html
出典:キャリアマップについて - 社内公募制度の活性化
「ジョブポスティング制度」や「フリーエージェント制度」のように、意欲ある社員が自ら手を挙げて部署異動や新規事業に挑戦できる体制を整備します。これにより、社内で多様な経験を積みたいというZ世代のニーズに応え、人材の流出を防ぐ効果が期待できるでしょう - 未来に向けたスキル開発支援
AIリテラシー研修や各種資格取得支援制度を充実させる。これはZ世代が重視する「キャリア安全性」の向上に会社がコミットするという強いメッセージになります。 - パラレルキャリアへの理解と支援
Z世代の多様な経験に対する欲求は、避けようがありません。それを支援することが離職を助長するような脅威と捉えるのではなく、本業への還元も期待できる成長機会として位置づけるマインドセットが経営陣に必要です。副業に関するルールを整備して、多様な経験を容認する姿勢を示すことで、エンゲージメント向上につながります。
そして、これら4つのフェーズを独立した施策と捉えずに、相互に連携した育成体系として機能させることが重要です。
例えば、優れたオンボーディング(Phase 1)も、その後のマネジメント(Phase 3)が旧態依然としたものであれば効果は半減します。また、充実した能力開発体系(Phase 2)も、それが自身のキャリア(Phase 4)にどう繋がるかが見えなければ、能力を高めた社員が他社へ流出してしまうリスクは高まります。
さらに、この仕組みの中心にいるのが、直属の上司である管理職です。
Z世代の育成戦略の成否は、経営者の理解と支援、人事の制度設計に加えて、日頃のマネジメントの根幹となる管理職にかかっています。管理職の一人ひとりが、経営陣や人事の意図を十分に理解し、またZ世代の価値観を理解し、各フェーズをしっかりと運用できるかが最重要ポイントです。
したがって、上記4つのフェーズと管理職の育成と意識改革はセットでなければなりません。
どんな制度もプラットフォームも運用が伴わなければ、企図した効果は得られません。
5.先進企業に学ぶ、Z世代育成の実践知
Z世代の育成において、既に大きな成果を上げている企業の実践例は、自社の戦略を構築する上で貴重なサンプルです。ここでは、特に先進的な取り組みで知られる4社の事例をチェックして、その成功の要因を分析します。
株式会社サイバーエージェント
サイバーエージェントの人材育成哲学の根幹には、「若手の成長は『抜擢』から始まる」という思いがあります。同社は、身の丈を超える挑戦的な仕事を任せることこそが、最も効果的な成長促進剤であると考え、それを文化と制度の両面から支えています。
- YMCA (Young Man CyberAgent)
同社の象徴的な施策が、20代の若手社員のみで構成される自主運営組織「YMCA」です。これは、若手が部署の垣根を越えてチームを組み、会社の未来に必要な新規事業や制度改革を経営陣に直接提言する、「若手版あした会議」だとしています。
この取り組みは、Z世代に経営者視点での課題発見能力や戦略的思考力を養う絶好の機会を提供すると同時に、「自分で考え、決めて、実行する」というセルフ・リーダーシップを育む大きな機会になっています。
URL:https://www.cyberagent.co.jp/way/list/detail/id=29884
出典:【若手の育成】若手が“自走する”独自施策「YMCA」
株式会社メルカリ
メルカリは、個人の自律性を尊重し、それを支えるための対話文化を組織全体に浸透させています。特に、オンラインとオフラインのハイブリッド型のオンボーディングとコミュニケーションの仕組みは多くの企業にとってお手本になります。
- ハイブリッド時代のオンボーディング
メルカリは、オンラインの効率性とオフラインの繋がりを巧みに融合させたオンボーディングを実施しています。基本はオンラインで実施しつつも、入社初日のオリエンテーションは本社でのオフライン開催を復活させました。これにより、リモート環境で入社した社員も「メルカリに入社した」という実感と同期との一体感を得ることができ、組織へのスムーズな適応を促進しています。
URL:https://careers.mercari.com/mercan/articles/25122/
出典:「すべての新入社員に素晴らしいオンボーディング体験を」リモートオンボーディングを成功させる施策 #メルカリの日々
Google合同会社
Googleは、社員の能力を最大限に引き出すための環境づくりに長けており、「心理的安全性」は非常に有名ですね。失敗を恐れずに発言・挑戦できる環境があるのはもちろんですが、その他にも「学びの機会」を巧みに提供しています。
- ピア・メンタリングとG2Gプログラム
Googleのメンター制度は、上司と部下という縦の関係だけでなく、社員同士が対等な立場で教え合う「Googler-to-Googler (G2G)」プログラムが特徴です。社員が自発的にメンターになって、自身の専門知識を同僚に共有するこの仕組みは、Z世代が好むフラットで協調的な学習文化を体現している制度です。
URL:https://rework.withgoogle.com/intl/jp/guides/coaching-for-everyone-the-amplified-impact-of-peer-coaching
出典:あらゆる従業員のためのコーチング: ピアコーチングの強力な効果
ソフトバンク株式会社
ソフトバンクは、社員一人ひとりの自律的なキャリア開発を支援するための多様な制度を構築しています。これは、Z世代が求める「キャリアの安全性」に対応しています。
- 多岐にわたるキャリア開発制度
年に一度、自身のキャリアプランを会社に申告する「自己申告制度」、社内の様々なポジションに自ら応募できる「ジョブポスティング制度(社内公募)」や「フリーエージェント制度」、そして資格取得を支援する「資格取得支援制度」など、多様な選択肢を提供しています。これによって、社員は会社にキャリアを委ねるのではなく、主体的にキャリアをデザインすることが可能になります。
URL:https://www.softbank.jp/corp/philosophy/human-resource/career-development/
出典:ソフトバンクHP キャリア開発・能力発揮 - 大規模な学習機会への投資
独自の企業内大学「ソフトバンクユニバーシティ」を運営しています。
また、役職や役割に応じた階層別研修(新人研修、新任管理職研修など)だけでなく、選択型研修として、ビジネススキルや英語、テクノロジー系の研修全70コースを集合型・オンライン型で提供されています。
AIなどの最先端分野に関する学習機会も豊富に提供されており、社員が常に市場価値の高いスキルを習得できる環境を整えています。
URL:https://www.softbank.jp/corp/philosophy/human-resource/career-development/
出典:ソフトバンクHP キャリア開発・能力発揮 - 現場主義の新人研修
新入社員は、顧客ニーズを知るため、配属前にソフトバンクショップでの店舗研修を経験するようにしています。顧客と直接向き合って顧客視点を得ることはZ世代以外にも有益ですが、体験的な学びを重視するZ世代にも、もちろんマッチしています。
https://www.softbank.jp/sbnews/entry/20230531_01
6.実践への提言
これらの事例の共通点は、単一のプログラムだけでなく、複数のプログラムを統合した育成の仕組みであるということです。
また、同時に、これらの施策の根底には企業文化が深く関係しているということもいえます。
サイバーエージェントの「YMCA」は「抜擢」を許容する組織文化がなければ導入できませんし、機能もしません。グーグルの「G2Gプログラム」も心理的安全性という組織文化があればこその取り組みです。
そのため、好事例だからといって全てを自社に当てはめようとすると失敗するでしょう。既にお気づきの通り、形だけ移植しても上手くいくわけがありません。
統合的な育成プログラムを構築できるか否かの成功の鍵は、これらの事例を参考にしながらも、経営陣や人事が自社の文化に合致するように上手くカスタマイズできるか?という点にあります。
他社が導入しているから、自社にも導入するという思考放棄は失敗の元です。
そして、構築した統合育成プログラムを上手く運用できるかは、一人ひとりの管理職に掛かっています。そのため、多くの企業では、管理職の意識改革・育成と、統合的育成プログラムの設計は同時並行で進めなければならないでしょう。
ですが、今後、企業の中で中核を担う存在であるZ世代の育成の成否は、将来的な企業競争力に直結する経営課題です。育成というしたがって、焦眉の急を要する大きなテーマ経営課題と捉えるべきです。
人材育成の特徴は遅効性です。
統合的な育成プログラムを構築し、上手く運用できたとしても、社員のスキル向上や行動変容を経て、最終的な業績への貢献という「成果」に結びつくまでには、時間が必要です。
それは、種をまき、水や肥料を与えても、すぐに花が咲いたり実がなったりするわけではない植物に似ています。
できることは、すぐに着手することしかありません。
本稿が、Z世代の育成に課題を感じておられる皆様の参考になれば幸いです。
