最近、「リベラルアーツの筋トレ」をしようと思い立ち、フランスの哲学者アランの不朽の名著『幸福論』を手に取りました。しかし、読み進めるうちに、これが予想以上に難解で、現代を生きる私たちに「意志」の重要性を問いかける哲学書であることを再認識しました。
この書評では、私がメモに残した特に印象的な論点と、アラン哲学の核心をお届けします。
概要
- タイトル:アラン 幸福論
- 著者等:アラン(著)、神谷 幹夫(翻訳)
- 出版社:岩波文庫
■目次
プロポ一覧
1 名馬ブケファラス Bucéphale
2 いらだつこと Irritation
3 悲しみのマリー Marie triste
4 ノイローゼ Neurasthénie
5 憂鬱 Mélancolie
6 情念について Des passions
7 恐れは病気だ Crainte est maladie
8 想像力について De l’imagination
9 想像上の苦痛 Maux d’esprit
10 アルガン Argan
11 医学 Médecine
12 ほほ笑みたまえ Le sourire
13 事故 Accidents
14 悲劇 Drames
15 死について Sur la mort
16 心のしぐさ Attitudes
17 体操 Gymnastique
18 祈り Prières
19 あくびの技術 L’art de bâiller
20 気分 Humeur
21 性格について Des caractères
22 宿命 La fatalité
23 巫女の心 L’âme prophétique
24 われわれの未来 Notre avenier
25 予言 Prédictions
26 ヘラクレス Hercule
27 欲すること Vouloir
28 人はみな,己が欲するものを得る Chacun a ce qu’il veut
29 運命について De la destinée
30 絶望しないこと Ne pas désespérer
31 大草原の中で Dans la grande prairie
32 鄰人に対する情念 Passions de voisinage
33 家族の中で En famille
34 心遣い Sollicitude
35 家庭の平和 La paix du ménage
36 私生活について De la vie privée
37 夫婦 Le couple
38 退屈 L’ennui
39 スピード Vitesse
40 賭け Le jeu
41 期待 Espérance
42 行動すること Agir
43 行動の人 Hommes d’action
44 ディオゲネス Diogène
45 エゴイスト L’égoïste
46 王様は退屈する Le roi s’ennuie
47 アリストテレス Aristote
48 楽しい農夫 Heureux agriculteurs
49 労働 Travaux
50 始めている仕事 Œuvres
51 遠くを見よ Regarde au loin
52 旅行 Voyages
53 短剣の舞 La danse des poignards
54 大げさな言い方 Déclamations
55 泣き言 Jérémiades
56 情念の見事な説得 L’éloquence des passions
57 絶望について Du désespoir
58 憐れみについて De la pitié
59 他人の苦痛 Les maux d’autrui
60 慰め Consolation
61 死者のための祭儀 Le culte des morts
62 とんまな人間 Gribouille
63 雨の中で Sou la pluie
64 興奮 Effervescence
65 エピクテトス Epictète
66 ストア主義 Stoïcisme
67 汝自らを知れ Connais-toi
68 楽観主義 Optimisme
69 結び目をほどくこと Dénouer
70 我慢強く Patience
71 親愛の情 Bienveillance
72 罵詈雑言 Injures
73 上機嫌 Bonne humeur
74 一つの治療法 Une cure
75 精神の健やかさ Hygiène de l’esprit
76 乳への讃歌 L’hymne au lait
77 友情 Amitié
78 決断拒否 De l’irrésolution
79 儀式 Cérémonies
80 新年おめでとう Bonne année
81 お祝いのことば Vœux
82 礼儀正しさ La politesse
83 処世術 Savoir-vivre
84 楽しませること Faire plaisir
85 名医プラトン Platon médecin
86 健康を維持する方法 L’art de se bien porter
87 克服 Victories
88 詩人たち Poètes
89 幸福は徳である Bonheur est vertu
90 幸福は気前のいい奴だ Que le bonheur est généreux
91 幸福になる方法 L’art d’être heureux
92 幸福にならねばならない Du devoir d’être heureux
93 誓わねばならない Il faut jurer
印象に残った論点
「誓わねばならない」より
悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである。
非常に有名なフレーズです。
本書を貫く最大のメッセージは、「幸福とは、与えられるものではなく、自らの意志と自己克服によって創造されるものである」という、厳しくも前向きなものです。
本書では「情念」という言葉が何度も登場します。
「情念」とは、理性でコントロールすることが難しい、心の深い部分で湧き起こる強い思いや感情のことです。
アランは、自らの意志の力で、情念をコントロールすることで不幸を遠ざけ、乗り越えることができる。幸福になろうとすれば、自ら幸福になりたいと望むこと、そして悲観主義に陥らず、自らの意志で楽観主義を貫くことを説いており、その考えがこのフレーズに集約されています。
「幸福になる方法」より
誰でもみんな生きることを求めている。死ぬことではないのだ。だから、生きている人々を探している。つまり、ぼくの言うのは、自分に「これでよし」と言っている人たち、自分の喜びを顔に出している人たちのことだ。各人が灰の上で泣き真似をする代わりに、それぞれの薪を火にくべたら、人間の社会は何とすばらしいものになることだろう!
とりわけ雨の降る時にこそ、晴れ渡った顔付きをしたいものだ。
だから、天気の悪い時にはいい顔を。
不機嫌さや暗い顔は、本人を不幸にするだけでなく、周囲にも伝染し、ネガティブに作用します。幸福とは、まず自分の「顔付き」や「しぐさ」をコントロールし、意識的に「晴れ渡る」努力をするところから始まります。
「希望から求める理由が生まれ、吉兆から事が成就する。だから全てのことがいい予感であり、吉兆である。」
自分自身の物事の捉え方次第ということを、かなり直接的に説いています。
私たちが「いい予感」を持つこと、つまり楽観主義を貫くこと自体が、行動の理由を生み出し、それがまた結果として良い成果(吉兆)を導くというポジティブな循環を説いているのだと意味だと感じました。
「力いっぱい戦った後でなければ負けたと言うな。これはおそらく至上命題である。幸福になろうと欲しなければ、絶対幸福になれない。」
幸福とは、安易に手に入るものではなく、困難な出来事やネガティブな「情念」に直面するたびに、それに「力いっぱい戦う」という努力を要求します。悲観主義に陥る前に、まず「戦う」という意志を貫くこと。これをアランは、幸福を掴むための「至上命題」としています。
総評
『幸福論』は、抽象的で難解な部分も多く、現代の自己啓発書のように即効性のあるテクニック集ではありません。
本書を読んで私が感じたことは、アランが生きた時代から、実は人間の思想は進化していないのではないか?ということです。
愛、憎しみ、不安、希望、死への恐れ。
これらの「情念」と呼ばれる人間の根源的な感情は、科学技術が劇的な進歩を遂げた1900年代前半と、AIやメタバースが現実になっている現代とで、何ら変化していないように思えます。
アランは、人間の内面に、幸福を創造する「意志」を持つことの重要性を説きました。
「どう生きるべきか」という問いに対する答えは、いつの時代も、外側の環境や技術ではなく、個人の内面と、自ら幸福を欲し、つくり出すという決意に委ねられているのでしょう。
本書は、幸せになろうとする意志を持つすべての人にとって、読む価値のある哲学書です。
