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ノーレーティングの評価制度とは?

人事・総務の話題

今回は、「ノーレーティング」(ランク付けの廃止)として知られる人事評価制度のパラダイムシフトについて、その考え方・運用・導入企業の事例と、そのリスクについて検討していきます。

ノーレーティング(No-Rating)とは、人事評価制度において従業員を「A」「B」「C」あるいは「S」「A」「B」「C」「D」といったランクやカテゴリで格付け(レーティング)する仕組みを廃止する取り組み、またはその制度を指します。

ここで重要な点は、ノーレーティングは「評価そのものの廃止」を意味しないということです。

むしろ、その実態は、年に一度のランク付けという期末の一大イベントを廃止して、代わりにリアルタイムの目標設定と高頻度のパフォーマンス評価に基づくフィードバックを求める評価制度への転換です

現在の評価制度も「評価(処遇決定のための査定)と「育成」の両面が存在しますが、ノーレーティングの評価制度は、より「育成」に焦点を当てた成長支援に軸足を置く評価制度と言えます。

ノーレーティングの評価制度が注目される背景には、従来型のランク付け評価制度が現代の経営環境において一部で機能不全を起こしているという事情があります。

VUCA時代における年次評価の問題

まず、ビジネス環境の急速な変化への対応の遅れが挙げられます。現代はVUCAの時代と言われます。こういった変化の激しい環境下で、年次や半期に一度設定される目標は、数ヶ月も経てば陳腐化・形骸化してしまいかねません。

にもかかわらず、その陳腐化・形骸化した目標に対する達成度でランク付けを行ってしまう従来の評価制度と、実際の活動内容と乖離が生じてしまい、正しく評価することができません。

VUCAのような変化が激しい環境下においては、評価タイミングが、年1回や2回で足りなくなってきたことが一つ目の理由になります。

多様な働き方への対応不全

第二に、働き方の多様化への不適合が挙げられます。

テレワーク、時短勤務、フレックスタイムの拡大など、コロナ禍以降、働き方がすごく多様化しました。従来の画一的な行動考課の評価基準(例えば、オフィス勤務だからこそ見える勤務態度やコミュニケーション)では、これらの多様な働き方を正しく評価することが困難になったことも一つの側面です。

「外発的動機づけ」からの転換

第三に、従業員のモチベーションに関する問題です。

従来のランク付け評価制度は、「良いランクを取りたい」「報酬を上げたい」という「外発的動機づけ」によって従業員のパフォーマンスを高めようとする意味合いが強くありました。

しかし、脳科学や心理学の研究によれば、特に現代の知識労働や創造性が求められる業務において高いパフォーマンスを発揮するためには、「仕事そのものが楽しい」「やりがいがある」といった「内発的動機づけ」が不可欠ということが分かっています。

ランク付けという外発的な「アメとムチ」は、従業員を過度な社内競争や「やらされ仕事」の状態に陥らせ、かえって内発的動機づけを深刻に阻害するという見解も存在します。

また、自分の想定と異なる評価(ランク)を受けた従業員のモチベーションは著しく低下することになります。

したがって、従来制度の問題解消のためにというよりも、より社員の内発的動機付けを重視し、より良い制度を模索する中で、ノーレーティングに注目する企業が出てきています。

従業員の不満:透明性と公平性の欠如

第四に、従業員の根強い不満です。人事評価制度に対する不満の多くは、「評価基準が不透明である」「評価に公平性が感じられない」といった点にあります。

ノーレーティング導入により、対話によって納得感の醸成を図る方向性に転換するということが挙げられます。

ノーレーティング導入による本質的な変化は、人事評価の軸足を、過去の業績を「評価」から、「成長支援」にシフトさせる点にあります

このシフトにより、管理職の役割が「評価者」から、「部下の成長と成功を支援するコーチ」に変化します。

これは「管理と統制」の従来型マネジメントが、「スピードと自律性」のマネジメントに変化してきたことも背景にあるでしょう。VUCAにより、より速く変化・適応することを求められる経営環境に加え、従業員の価値観が多様化した現代の企業経営において、人事評価制度のありようも一律ではなくなってきていると感じます。

レーティング型の評価制度は、「評価(レーティング)による報酬決定」と「面談(フィードバック)」を、年次評価という期末のタイミングで一括処理しています。

ノーレーティング型の評価制度は、「報酬決定」は管理職の裁量とキャリブレーションで対応し、「面談(フィードバック)」はリアルタイムの1on1で対応することで、これを分離し、個別に最適化するものになります

その結果として、リアルタイムの1on1で対応する「面談(フィードバック)」機能は、特に強化されるため、ノーレーティングの評価制度は「成長支援」に軸足があると言われるのです。

ノーレーティング制度運用の中核となるのが、「1on1ミーティング」「OKRとの連携」「報酬決定プロセス」そして「キャリブレーション」です。

「1on1ミーティング」による、高頻度な対話

レーティング型の評価制度における面談は、期末の年次単位で行われます。もしくは中間期にもう一回実施して半期単位としていれば良い方でしょう。

一方、ノーレーティングの評価制度では、「1on1ミーティング」を週次、隔週、月次などの高頻度で実施します。

これは、単なる進捗確認会議ではありません。上司と部下がリラックスした状態で、リアルタイムで業務の進捗、目標と現状のギャップ、個人の成長課題やキャリア観など様々な事柄について対話する場です。この高頻度な対話を通じて、上司は部下の状況を都度把握・アップデートし、必要なサポートやフィードバックをタイムリーに提供するのです。

この「日々の対話の積み重ね」というプロセスが、部下の成長を促進します。そして、このプロセスによって、部下にとっては「期末に一方的に下される評価」ではなくなります。

目標管理方法の変更:OKRとの親和性

ノーレーティングの評価制度を運用するうえでは、目標管理の方法を再考する必要があります。ノーレーティングの評価制度は、従来のレーティング型の評価制度に合わせて最適化された目標管理制度(いわゆるMBO)ではなく、「OKR」と親和性があります。

OKRとは、”Objectives and Key Results”の略で、目標と主要な成果による目標管理制度のことです。組織全体の挑戦的な目標(Objectives)と、その達成度を測る具体的な指標(Key Results)を設定するフレームワークになります。OKRの最大の特徴は、達成度が60%や70%でも成功とみなされるような「挑戦的な目標設定」を推奨する点にあります。

目標の達成度合いと評価(報酬)を連動させるMBOだと、大きくストレッチした目標は設定しにくいところ、OKRだと大きくストレッチした挑戦的な目標設定が可能になります。

レーティングしなくなることで、OKRという目標管理のフレームワークが導入しやすくなり、組織全体として従来以上に挑戦的な目標を掲げることができますし、市場環境の変化に応じて目標を柔軟に変更できるようになります

ノーレーティング導入において最も重要な問題が、「ランクなしで、いかにして給与や賞与に差(メリハリ)をつけ、従業員の処遇を決定するのか?」ということです。

マネージャーの裁量と人件費予算の配分モデル

ランクと評価テーブルに基づく決定に代わり、一般的に採用される運用モデルは、管理職(評価者)の裁量を大幅に拡大するものです。

具体的には、会社(人事部や財務部)が各部門・チームの管理職に対し、人件費の総予算(昇給・賞与の原資)を提示し、管理職はその予算の範囲内で部下一人ひとりへの配分額を自らの評価に基づき決定します

評価の5つの要素

では、A・B・Cなどの評価ランクがない中で、管理職がどうやって部下の処遇を決めるか?という疑問が生じます。

ノーレーティングの場合、ランクという「単一の指標」で分かりやすい指標に依存することはできませんので、部下の多面的・総合的な要素を考慮して管理職(評価者)が自らの裁量で決定することになります。

その主な考慮要素は、以下の5つに大別されます。

  1. 目標達成度:設定された目標(OKRなど)をどの程度達成したか。
  2. 貢献度:チームや会社全体の成果に対し、どの程度貢献したか。
  3. スキルセット:保有する専門性、知識、スキルのレベルと市場価値。
  4. コミュニケーション能力:チーム内や顧客との連携の円滑さ。
  5. 自己成長:自己啓発への積極性や、フィードバックを通じた成長度合い。

どのように属人化を防ぎ、公平性を担保するか?

上記の処遇決定プロセスは、「管理職の裁量」が大きく、非常に属人的です。したがって公平性を損なう大きなリスクが伴います。

このリスクを回避し、制度の公平性を担保するために「評価調整会議(キャリブレーション)」が運用されます

これは、同じ部門または同じ階層の管理職が一堂に会して、それぞれの部下に対する評価判断(特に報酬決定案)とその根拠を互いに開示し、徹底的に議論・調整する会議です。

あるマネージャーが部下Aに「10%の昇給」と判断した場合に、もし他のマネージャーから「なぜ10%なのか」「うちの部下B(5%の昇給案)と比べて、Aのどのような貢献がその差を生んだのか」といった問われると、客観的な事実(1on1の記録や成果物)に基づいて答える説明責任(アカウンタビリティ)を負います。

このように大きな裁量を持たせた管理職の判断を検証・調整できる場を設けることで、実態とかけ離れた評価となる可能性を下げ、評価の公正性を確保します。

従来のレーティング型の評価制度は、事前に設定される分布に従ってランクが分配されます。いわゆる相対評価というものです。つまり、レーティング型がランクごとの発生割合という数値で強制的に個人あるいは部門ごとの公平性を確保するものであるのに対し、ノーレーティングの場合、キャリブレーションによる管理職同士の協議という擦り合わせ(言い方を変えると「相互牽制」)という「社会的」なプロセスによって、恣意的な評価を抑制し、個人あるいは部門ごとの公平性を確保しようとするものです。

しかしながら、突出した昇給や減給でなければ、キャリブレーションで問題視されず、埋もれてしまう危険性はあります。また、管理職が適正な評価だと説明したとして、果たしてその妥当性を説明を受けた管理職が判断できるのか?、そもそも日本企業において実効的な相互牽制が機能するのか(管理職同士の馴れ合い・事なかれ主義の存在)、さらにある組織で評価の偏りが認められたとしても、当該管理職が配分された人件費の枠内で収めているのであれば、他の管理職が問題視する動機も薄くなります。

したがって、非常に高度な自己規律が要求される運用難易度の高い仕組みと言えます。

レーティング vs ノーレーティング 特徴比較

比較項目従来型レーティング評価制度ノーレーティング評価制度
目的主:報酬・昇格決定
副:人材育成
人材育成
評価頻度年1回または半期に1回 リアルタイム(週次・月次など)
評価
プロセス
評価シートによる自己・上司評価
評価面談
1on1ミーティング
継続的フィードバック
目標設定MBOOKR
報酬決定ランクが報酬・昇格等の
処遇決定に直結
管理職の裁量 + キャリブレーション
報酬・昇格には非直結
管理職の役割評価者、教育指導者コーチ、支援者

ノーレーティングの評価制度は、正しく運用されればベネフィットをもたらす一方で、その導入にはリスクがあります。

リスク1:管理職の業務負荷増大

ランク付けという、ある意味では簡便なプロセスを廃止する代わりに、ノーレーティングは管理職に対し、極めて高頻度な1on1ミーティングの実施や、リアルタイムのフィードバック、そのベースとなる部下ごとの多面的なパフォーマンス分析・観察が要求されます。従来型の評価業務と比較して、管理職の時間的・精神的負担の増加は明らかです。

もちろん、部下も1on1ミーティングの時間を確保する必要がありますが、上司のそれに比べれば影響は大きくありません。プレイングマネジャーである管理職は、自らが抱える業務に加えて、部下の数だけ、日常的な評価業務が追加されることになります。

これを避けるためには、管理職の業務量調整、スパンオブコントロールの再検討(部下の人数の検討)が必要になります。

リスク2:評価者として高い力量の要求

単に1on1の頻度を上げれば良い、多くのフィードバック機会を設ければ良いわけではありません。もちろん、その中身も問われます。ノーレーティングは、管理職の力量次第で、その効果が大きく変わります。

実際の運用では、(1) 部下との信頼関係を構築する能力、(2) 傾聴力、(3) 共感力、(4) 部下の内省を促すコーチング能力(的確なアドバイス)、(5) 部下の潜在能力を引き出す力、といったヒューマンスキル(対人能力)を高いレベルで求められます

「育成」とは結果が分かり難く、遅効性のある現象です。目に見える行動変容が感じられなくとも、1on1をはじめとする多頻度フィードバックの実施と、それぞれの質を維持できるのか?も問われます。

したがって、ノーレーティング導入にあたっては、管理職の力量向上のため、まずこれらヒューマンスキルに関する徹底的な研修と、人事による継続的なサポート体制の構築が必須になります。

リスク3:評価の「不公平感」の増大

これが最大のリスクです。ランクという明確な基準がなくなるため、もし管理職の力量が低い場合 、あるいはキャリブレーションが適切に機能しない場合、部下は「評価が上司のサジ加減一つで決まる」と感じるようになります。

他にも「あの部門だけ極端に甘い」「あの人の元では成長できない」「A上司はエコ贔屓がすごい」「同僚のBだけ、給料が激増したらしい」など、制度導入前よりも「不公平感」や「不透明感」が増大してしまうと、社員のモチベーションは著しく低下し、制度は破綻してしまいます。

従来型制度では、「会社のルール(強制分布)だから、貴方の評価はCです。だから来期の給与はこうなります。」と、管理職は自らの評価責任を「評価報酬制度」や「人事部」のせいにすることができました。ですが、ノーレーティングでは、フィードバックの質も、報酬決定の判断も、すべてが管理職個人の「能力」と「責任」になります

「評価」と「報酬」のリンクが弱くなることで、むしろ社員は従来制度以上に不満を感じやすくなるリスクがあります。ただ同時に、上司ガチャでハズレと陰口を叩かれるような力量のない管理職をあぶり出す効果は、従来制度以上にあるのかもしれません・・・(苦笑)

このリスクを予防する方法も、リスク2と同様です。

ここまで概観してきた通り、ノーレーティングの評価制度を導入すると、野心的な目標を掲げて挑戦をしやすくなりますし、臨機応変に目標自体を変更することも可能です。社員の「育成」に力点を置いていることも相まって、採用競争力という点でも学生受けが良いかもしれません。本制度に魅力を感じる方もおられることと思います。

ただ、それも運用難易度が高いという特徴を持つ本制度を「うまく運用できれば」という条件付きです。

したがって、導入においては、自社を取り巻く変化の激しさ(頻繁に目標を設定し直す必要性の大小)が、野心的な目標を掲げて大きくストレッチさせたい等、自社の経営戦略や企業文化に合致するかを見極める必要があります。他にも自社の人員体制、管理職の力量についても重要な検討ポイントです。何とかなるだろうという楽観視はとても危険です。

導入にあたっては、なぜ制度を変えるのか、その目的と目指す姿を社員にしっかりと周知し、不安を取り除くこと、また一部の部門からテストして段階的な導入を図るなど、丁寧に進めるべきです。

ノーレーティングの評価制度とは、「人事制度の変更」であると同時に、「経営陣による、全管理職の能力開発への莫大な投資に関するコミットメント」でもあります

つまり、管理職のトレーニングコストに代表される制度運用コストを永続的に払い続ける覚悟があるかを、経営陣に問う制度と言えるでしょう。

関心が高い制度ではありますが、慎重な検討が求められます。

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