1.コーポレートガバナンスの現状
日本企業のガバナンス改革の現在地
日本企業のコーポレートガバナンスは、過去10年間で劇的な変貌を遂げました。
日本型経営において、取締役会は儀礼的な承認機関としての色彩が濃かった会議体で、取締役は社内昇進の最終到達点(「上がり」のポジション)でした。それが、2014年の「伊藤レポート」公表、2015年のコーポレートガバナンス・コード(CGC)の適用開始、そして2021年のCGC再改訂等を経て、取締役会の役割は「業務執行の承認」から「経営戦略の監督(モニタリング)」へと大きく舵を切っています。
この大転換の過程で、取締役会構成の適正化が重要テーマとして浮上してきています。取締役会がモニタリング・ボードとして機能するためには、多様なバックグラウンドを持つ者で取締役会を構成すべきという考え方です。
この取締役会構成の最適化には、次の二つの観点があります。
- 取締役会に社外取締役を含めること(内部昇格者だけの構成はNG)
- 取締役一人ひとりのスキルを公開すること(取締役会全体として、必要な能力が備わっていることを明らかにする)
このうち、取締役一人ひとりのスキルを公開し、自社の取締役会の最適性を可視化するために普及した「取締役のスキル・マトリックス」に注目します。
「取締役のスキル・マトリックス」開示が進んだ現在でも、多くの企業で「スキルマトリックスの開示そのものが目的化」し、実質的なガバナンス向上に寄与していないのではないかという懸念が生じています。
本稿は、スキルマトリックスの定義から入り、その意義と限界、そして現在の開示実態を分析し、形式的な開示を超えた「スキルマトリックスの開示と活用のあり方」について提言してまいります。
スキルマトリックス CGCによる開示要請と急速な普及
2021年のCGC改訂における補充原則4-11①は、プライム市場上場企業に対し、経営戦略に照らして取締役が備えるべきスキルを特定し、その保有状況を一覧化して開示することを要請しました。
補充原則4-11①
取締役会は、経営戦略に照らして自らが備えるべきスキル等を特定した上で、取締役会の全体としての知識・経験・能力のバランス、多様性及び規模に関する考え方を定め、各
取締役の知識・経験・能力等を一覧化したいわゆるスキル・マトリックスをはじめ、経営環境や事業特性等に応じた適切な形で取締役の有するスキル等の組み合わせを取締役の選
任に関する方針・手続と併せて開示すべきである。その際、独立社外取締役には、他社での経営経験を有する者を含めるべきである。
この規定はCGCの「コンプライ・オア・エクスプレイン(遵守せよ、さもなくば説明せよ)」の原則下にあり義務ではありませんが、HRガバナンス・リーダーズのレポートによると、2023/6時点で、JPX400 に選定されている 397 社中、387社がスキルマトリックスを開示しており、その開示率は97%に達するとされています。
2025年1月に経済産業省が発表した「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会第5回事務局説明資料参考資料集でも、補充原則4-11①のコンプライ率は、プライム市場で89.5%と、約9割もの企業が遵守しています。
2.取締役スキルマトリックスの概念定義と作成・開示の意義
スキルマトリックスとは?
取締役スキルマトリックスとは、「各取締役が保有する専門性や経験をマトリックス形式で一覧化したもの」です。
一方の軸に取締役氏名、もう一方の軸に「企業経営」「財務」「法務」「グローバル」「デジタル」「人事」「技術」などのスキル項目を配置し、該当箇所にマーキングを行う形式が一般的です。


スキルマトリックス作成・開示の意義
これだけスキルマトリックスの開示が一般的になった契機がCGCであることは間違いありませんが、では企業にとってスキルマトリックスを作成・開示する意義は何でしょうか?
単にCGC上、補充原則4-11①をコンプライにしたいだけでしょうか?
いえ、自社のガバナンスにとって意義があるからこそ、スキルマトリックスを作成し開示するのです。
・経営戦略とガバナンス体制の整合性証明
投資家の関心事は、「掲げられた壮大な中期経営計画やパーパスが、本当に実行可能なのか」という点にあります。例えば、伝統的な製造業が「データビジネスへの転換」を公言した場合、取締役会にITやデータサイエンスの知見を持つ人物が皆無であれば、その戦略の実現性は疑わしくなります。
スキルマトリックスは、経営戦略と、それを監督・支援する取締役(会)の能力がリンクしていることを証明する「証拠資料」になります。
スキルマトリックスによって、戦略とガバナンスの整合性を可視化することで、外部ステークホルダーに対して自社の企業戦略の実現に対する説得力を補強するわけです。
・指名プロセスの客観性と透明性の確保
従来の日本企業における役員選任は、社長の好き嫌いや年功序列、派閥力学といった不透明な要素に左右されがちでした。スキルマトリックスの導入は、この「密室人事」に客観的な物差しを持ち込むという側面もあります。
「なぜA氏を取締役候補としたのか?」という問いに対して、「彼は長年の功労者だから」という説明では合理性を欠きます。取締役のポジションはアガリのポジションではなく、過去の論功行賞の対象ではありません。
もし説明が「当社の重要課題であるグローバル展開に必要な『国際ビジネス経験』と『地政学リスクに対する知見』を有しているため」という説明であれば、どうでしょうか?
単に「功労者だから」という説明よりも、格段に説得性が増します。このようにスキルマトリックスには、取締役の指名プロセスに客観的な物差しを与え、それを株主をはじめとするステークホルダーに透明性を確保した形で示す効果があります。現在のガバナンスにおいて、株主に対する説明責任を果たすうえで、必要不可欠な要素になっているのです。
・取締役会の実効性を維持・向上させるための羅針盤
例えば、現在のボードメンバーのスキル分布を分析することで、「次期CEO候補にはデジタル領域の知見が不足している」という気づきが得られ、サクセッション・プラン(後継者育成計画)に反映することができます。
また、「3年後には人的資本経営を主導している取締役が役員定年になるため取締役会として人事領域のスキルに欠落が生じる」といった将来の欠落を予見することが可能です。
こういった分析ができれば、不足するスキルを補うための社外取締役の招聘計画を立てたり、内部の人材に対して意図的に海外経験や新規事業経験を積ませたりする「戦略的人材配置」が可能になります。
つまり、スキルマトリックスは、取締役会の新陳代謝を適切にコントロールし、取締役会の実効性を維持・向上させるツールになるのです。
・投資家との建設的な対話(エンゲージメント)の基盤
機関投資家や議決権行使助言会社(ISS、グラスルイス等)は、取締役会の多様性とスキル構成を重視しています。
例えばグラスルイスは、自社の助言方針の中で、次のように表現しています。
グラス・ルイスは、取締役会が多様なスキル、考え方、経験を持つ取締役で構成されることの重要性を認識している。そのような多様性は、幅広い視点と洞察力を提供することによって企業に利益をもたらす。グラス・ルイスは、多様な取締役候補者が確保されるよう取締役会の構成を慎重に精査する。
弊社は、プライム市場上場企業の取締役会には、最低でも 10%以上の多様な性別の取締役を求める。
この基準を満たさない場合、監査役会設置会社または監査等委員会設置会社では取締役会議長、指名委員会等設置会社では指名委員会委員長に対して、反対助言を行う。
なお、プライム市場上場企業には、より高いコーポレート・ガバナンスの水準が求められることから、2026 年以降に開催される株主総会より、プライム市場上場企業の取締役会には、最低でも 20%以上の多様な性別の取締役を求める。
詳細かつ誠実なスキルマトリックスを開示することは、こうした外部基準への適合性を示すだけでなく、「当社はガバナンスを真剣に考えている」というメッセージとなり、投資家との信頼関係構築(エンゲージメント)の出発点になります。
3.スキルマトリックス開示に伴う構造的デメリットと潜在リスク
このようにスキルマトリックスは有用性の高いツールである反面、その運用や開示方法を誤ると、負の影響(副作用)を及ぼす可能性もあります。ここからは、見落とされがちなデメリットとリスクに目を向けます。
形式主義への埋没
最大の懸念は、CGC対応のために「とりあえず表を埋める」ことが目的化することです。
例えば、「全員に満遍なくマークをつける」「こじつけでスキルありとする」といった運用は、スキルマトリックスの有用性を損なうばかりか、外部ステークホルダーに対して完全なミスリードを生んでしまいます。
何度か海外出張に行っただけで「国際性」にマークしたり、PCに詳しいだけで「IT」としたりするケースです。自社の取締役会が保有するスキルが戦略と整合的だと主張したい気持ちはわかりますが、もはや、このような実態を伴わない形式的なスキルマトリックスなら作成・開示する意味がありません。
もし投資家とのエンゲージメントで、形式的なスキルマトリックスであることが見透かされてしまうと、かえって「ガバナンス意識が低い企業」という烙印を押されるリスクも生じてきます。
スキルの固定化
ビジネス環境はVUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)の時代にあり、取締役に求められるスキルも流動的です。ですが、一度スキルマトリックスの項目を設定してしまうと、新たなリスクや機会に対応できなくなる恐れがあります。
例えば、5年前に作成したスキルマトリックスの項目が「営業」「製造」「財務」「人事」「法務」だとします。しかし、現在は「生成AI」をはじめとする「ITに対する知見」や、「サイバーセキュリティ」に代表される「リスクマネジメント」といった新しい課題への対応が急務となっています。また、これから途上国に製造拠点として現地法人を立ち上げる方針であるなら、「人権」についても考慮が必要かもしれません。
経営環境や自社の戦略が変化しているにもかかわらず、取締役会に必要なスキルが変化しないわけがありません。スキルマトリックス上のスキル項目が固定化されたり、常に環境変化の後追いで更新しているようでは、本来の意義を見失っています。
評価基準の曖昧さが招く組織内の不協和音
多くの企業において、スキルを有しているか否かの判断基準は曖昧なままです。この「基準のブラックボックス化」は、社内に不公平感と不信感を生む温床になります。
「なぜあの人が『経営戦略』のスキルを持っていることになっているのか?」「実務をやっている私の方が詳しいはずだ」「当社の開示内容は信用できない」といった不満が従業員や中間管理職の間に広がり、経営陣に対する信用を毀損する可能性があります。
また、取締役間でも「あの人は技術開発分野のスキルありとスキルマトリックスにチェックがあったのに、その分野の発言は少ないし、発言内容も的を射ていない。本当に大丈夫か?お飾りではないのか?」という不信感を惹起するでしょう。
加えて、スキルを有するか否かを判定する基準が明確になっていなければ、本来は知見を有していない分野にもチェックをすることが可能となるので、前述の形式的主義に埋没しやすい構造にもなります。
「スーパーマン幻想」と適材適所の阻害
理想的なスキルセットを追求するあまり、全てのスキルを網羅する「スーパーマン」のような候補者を追い求め、現実的な人材登用が困難になるケースも考えられます。
また、特定の専門スキル(例:AI技術)を重視しすぎるあまり、取締役として重要な資質である「高潔な倫理観」や「全体観」を持つジェネラリストを排除してしまうリスクもあります。
スキルを過度に細かく定義しすぎるのも同様で、柔軟な人事配置(適材適所)が妨げられ、自らの首を絞めることになりかねません。
4.開示実態の定量的分析
日本企業におけるスキルマトリックスの開示は、2021年のCGC改訂を「開示元年」として急速に普及しました。ここでは、プロネクサス総合研究所が公開している2024年の調査データを中心に、最新の開示実態とそこから読み取れる傾向を分析します。
スキルの「インフレ化」現象
取締役一人あたりが保有する(スキルマトリックス上でマークされている)平均スキル数の推移です。
| 調査年度 | 全取締役平均スキル保有数 |
| 2021年 | 3.2個 |
| 2024年 | 3.5個 |
「3.2個から3.5個への増加」は、取締役の能力が3年間で向上したことを意味するのでしょうか?
いいえ、企業側が開示に慣れ、見栄えを良くするために評価基準を緩和した、あるいはより多くの項目にチェックを入れるようになった可能性が高いと捉えるのが、現実的な解釈でしょう。
2021年当時は慎重に評価していた企業が、他社の開示状況を見て「うちは少なすぎる」と判断し、マークを増やしたという同調圧力が働いたとも推測されます。
属性別スキル保有数の偏在
スキル保有数には、取締役の属性による差異も見られます。
- 社内取締役 vs 社外取締役
社内取締役の保有スキル数は、社外取締役よりも平均で0.5個多くなっています。- 解釈: 社内取締役は、長年の社内経験を通じて製造、営業、管理など多岐にわたる業務をローテーションで経験しているゼネラリストが多く、多様な実務経験を持っているため、多くの項目にマークがついていると考えられます。
一方、社外取締役は「弁護士(法務)」「公認会計士(財務)」といった特定の専門性を期待されて選任されるため、マークが特定分野に集中し、総数は少なくなる傾向があります。
- 解釈: 社内取締役は、長年の社内経験を通じて製造、営業、管理など多岐にわたる業務をローテーションで経験しているゼネラリストが多く、多様な実務経験を持っているため、多くの項目にマークがついていると考えられます。
- 男性取締役 vs 女性取締役
男性取締役の保有スキル数は、女性取締役よりも平均で0.6個多くなっています。- 解釈: 日本企業の女性取締役の多くは社外取締役(経営経験者、弁護士、学者等)であり、前述の社外取締役の傾向と同様、特定の専門性を買われての登用が多いためと考えられます。
それは逆に言えば、内部昇格の女性取締役がいまだ少なく、多様な業務経験を積む機会が構造的に限られていた日本の企業社会の歴史的背景を映し出しているとも言えます。
きっと今後はこういった男女差はなくなってくるでしょう。
- 解釈: 日本企業の女性取締役の多くは社外取締役(経営経験者、弁護士、学者等)であり、前述の社外取締役の傾向と同様、特定の専門性を買われての登用が多いためと考えられます。
スキル保有根拠の説明不足
| スキル保有の根拠(上位) | 割合 | 定義 |
|---|---|---|
| 不明(記載なし) | 35.0% | 経歴や選任理由等に保有根拠となりうる説明がない |
| 経営トップ経験 | 34.5% | 企業の社長または副社長を経験している |
| 人事職経験 | 16.1% | 人事部門での職務経験がある |
上表は、同調査データの調査対象会社の中で、人的資本関係スキルに〇印がついている取締役・監査役3,853名の経歴と選任理由を元に分類されたものです。
最も注目すべき問題は、マークがついている「根拠」の不透明さです。調査によると、スキルを保有していると判断した根拠について、35.0%が「不明」(記載なし)でした。企業内部と外部では当然取締役や監査役の経歴やスキルに対する情報格差があります。なぜスキルを持っていると判断したのか?その根拠が不明確であれば、説明責任を果たしたとはいえません。
また、人的資本関係スキルを保有する根拠として「経営トップ経験」を挙げている点も理解に苦しみます。経営トップ経験があるからといって、必ずしも人的資本関係スキルがあるとは言えません。ここには、経営トップ経験があれば、営業・技術・人事・法務・財務・ITなどすべてのスキルを保有しているという根拠不明の拡大解釈の存在が伺えます。「社長だから何でもできる」という大雑把な認定があるとすれば、スキルマトリックの意義を根底から覆す大きな問題です。
5. 「スキルあり」基準の非公開問題と好事例紹介
すでに触れた通り、「スキルありとする基準が不明(非公開)である」ことは、スキルマトリックスの実効性を阻害する最大の要因です。ここでは、なぜそれが問題なのかを整理するとともに、基準を公開している先進企業の事例をご紹介します。
基準非公開がもたらす「モラルハザード」
基準が非公開であるということは、外部(株主)からも内部(従業員・他の取締役)からも検証不可能であることを意味します。
もし基準が公開されていれば、例えば「『ITスキル』の要件:CIO経験または高度な情報処理関連資格の保有」と定義されていれば、その要件を満たさない取締役にはマークをつけられません。
しかし、基準がなければ、「iPadの操作に長けている他、ITガジェットの動向に詳しい」「DX推進会議の事務局経験がある」といった主観的かつ低レベルな理由でマークをつけることが可能になってしまいます。
もし、本当はスキルを「保有しない」にもかかわらず、主観的理由や拡大解釈によって「保有している」と開示しているのであれば、もはや株主や投資家に対して虚偽情報を提示していることと同義です。
また、いざ危機が発生した際に、「財務の専門家としてマークされていたのに、財務リスクを全く見抜けなかった」という事態になれば、該当スキルに〇印がついていた取締役は善管注意義務違反を問われる可能性も生じるでしょう。
そうならないよう、監査役や監査法人はチェック機能を果たしていただきたいところですが、やはり明確な基準の公開がなければ、単なる自己申告の域を出ません。
好事例:株式会社 丸井
一方で、投資家から高く評価されている企業は、各スキルの定義と充足条件を定義し、開示しています。
好事例の一つは、株式会社 丸井です。同社の開示内容は詳細で、外部ステークホルダーに真摯に説明する意思が明確に感じられる開示内容になっています。
同社は、自社のHPで「各役員のスキル設定根拠について」として、スキルマトリックスと設定根拠を含む詳細を開示しています。
ここでは、同社が設定する14個のスキルと取締役・監査役のみならず、執行役員も含めてスキルが公開されています。
そして、そのスキル設定根拠として、どんな職務をどのくらい担ったのかが、保有スキルの一つひとつについて詳述されています。
例えば「新規事業」にチェックがついている場合、スキル設定根拠は「複数の新規事業を社長直轄プロジェクトとして立ち上げ、推進」と説明されています。
また、「ファイナンス」にチェックがついている場合のスキル設定根拠は「入社以来、財務・経理部門を中心に経験を積み、CFO(2019年4月~現任)、グループFP&A担当役員(2024年2月~現任)に就任」と説明されています。
この資料を読めば、同社がどのように考えて”スキルあり”と判定したのか一目瞭然です。
加えて、クリストフレングス(以前のストレングスファインダー)により分析された役員それぞれの特徴的な資質も公開されており、質の高い開示になっています。
好事例:株式会社 リクルートホールディングス
リクルートホールディングスも詳細な開示がなされており、同社の姿勢が表れている印象を受けます。同社はコーポレートガバナンス・オブ・ザ・イヤー2024の大賞受賞企業であり、ガバナンスのトップランナーです。
同社の株主総会招集通知によると、中長期的な成長のために自社の戦略上、取締役・監査役に必要なスキルとして、「企業経営」「財務・会計」「法務・リスクマネジメント」など全部で8つのスキルを設定しています。そしてなぜ当該スキルが自社の戦略上必要だと判断したのかを「スキルの選定理由」として開示しています。
例えば、「テクノロジー」の選定理由は、次のように説明されています。
当社グループは、テクノロジーとデータを活用することでマッチングの更なる効率性向上と高速化を実現し、個人ユーザーに最適な選択肢を提供し、企業クライアントの更なる業務効率化を支援することを目指しています。そのため、取締役会において経営に関わる重要な決定を行う上で重要なスキルとして「テクノロジー」を特定しています。
さらに、取締役・監査役の一人ひとりに対し、スキル保有の裏付けとなる職務経験について説明がなされています。
例えば、「法務・リスクマネジメント」にチェックした場合は、「2018年より当社執行役員として、ビジネス戦略とリスクマネジメントを両立させるガバナンス体制の構築を推進した。2021年より当社リスクマネジメント委員会の委員長を務める」と根拠が説明されています。
また、「企業経営」にチェックをした場合は、「1998年に金融専門家向け求人サイトを設立し、2003年に同社を売却。2004年にIndeed, Inc.を共同設立しPresident & Chairmanに就任し、2012年よりCEO、2013年にChairmanを務めた。創業から規模の拡大、事業領域の展開まで多様な企業フェーズにおける経営経験と知見を有する。2018年より当社取締役を務める。」と根拠がとても丁寧に説明されています。
好事例から学ぶポイント
- 戦略との同期:
なぜ自社の取締役会には、このスキルが必要なのかを戦略からブレイクダウンして設定しています。足元の事業を支えるスキル、新しい領域に対応するためのスキル、これから会社が向かっていく方向性に対応できる取締役が誰なのかを明確にしています。
説明が充実している企業には、自社の経営課題と取締役会の能力がいかにマッチしているかをナラティブ(物語)として語られている点が共通しています。 - 「経験の質」を問う:
「知見がある」という曖昧な表現ではなく、根拠のない拡大解釈でもなく、「〇〇プロジェクトを牽引した」「〇年間の業務執行の経験がある」といった具体的な行動事実を判定基準にしています。
6.形式的な開示からの転換と、そのハードル
「根拠不明」のまま、誰もが多くのスキルを持つかのように装う「インフレ化したスキルマトリックス」は、投資家の不信を招き、企業の評価を下げる要因にすらなり得ます。
同時に、根拠不明や誇大なスキルマトリックスの開示は、自社の社員からも、経営に対する信頼を毀損する原因にもなります。
なにより、スキルマトリックスの本質は「経営戦略(To-Be)と取締役会構成(As-Is)のギャップ分析ツール」です。
単に現任取締役の得意分野を羅列するのではなく、まず「当社が中長期的に目指す姿(ビジョン)を実現するために、取締役会全体としてどのようなスキルセットが必要か」を定義し、その理想像に対して現在のメンバーがどの程度充足しているか、あるいは何が不足しているかを客観的に示すためのツールなのです。
この本質を踏まえると、自社の経営戦略の実現に必要なスキルを持ったボードメンバーが揃わない可能性だってあるでしょう。この場合は、CGC上はエクスプレインとなりますが、やむを得ないのではないでしょうか。むしろ、どの企業も全くギャップが生じておらず、常に必要なスキルを持ったボードメンバーで取締役会が構成されている方が不自然かもしれません。
まあ、取締役会に経営戦略の実現に必要なスキルを持った役員がいないなんて、外部に開示できるわけがありません。そんな開示をした瞬間に投資家は保有株を売却し、自社の株価を下げることになりかねません。だからこそ企業サイドには、CGCをコンプライし、投資家に対して取り繕う動機が生まれるのです。
スキルマトリックスの本質に沿って取締役会に必要なスキルを設定し、ボードメンバーのスキルを厳格に判定すると、果たしてどのようなスキルマトリックスになるのか?
恐らく、必要だと設定したスキルの保有者が一人も存在しなかったり、特定のスキルへの偏りが生じたり、一人あたりの保有スキルが激減するなどの現象が発生するでしょう。
それだけスキルマトリックスの本質的な作成と開示は、企業にとって極めて難易度の高い課題なのです。
スキルマトリックスの作成実務においては、形式運用と本質運用の板挟みに悩んでいる方もおられるでしょうね。。。
スキルマトリックス 実効性向上のポイント
最後に、スキルマトリックスの作成を本質に近づけ、その実効性を向上させるためのポイントを整理します。
- 定義の厳格化:
- 経営戦略に基づき、真に必要なスキルを再定義する。各スキルの判定基準を言語化し、可能な限り開示する。「社長だから全て〇」という慣行や拡大解釈を廃止する。
- 客観的評価とギャップ認識:
- 定義に基づき、現任取締役を厳格に評価する。その結果、スキルマトリックスに「空白(ギャップ)」が生まれることを恐れない。むしろ、空白こそが「当社が今、何を補強すべきか」を示す重要な情報だと捉える。
- 役員指名への反映:
- 明らかになったギャップを埋めるために、次期社外取締役の要件を作成する、あるいは内部人材の育成計画を修正する。スキルマトリックスを指名委員会の「主要な討議資料」とする。
- 投資家との対話:
- スキルマトリックスを使い、「なぜこのメンバーなのか」「今後どういうスキルを強化していくのか」を投資家に語る。
スキルマトリックスは、静的なものではなく、常に書き換えられる動的なものです。真に実効性のあるスキルマトリックスとは、全てのマスが埋まった綺麗な表ではなく、自社の課題(不足スキル)を正直にさらけ出し、その克服に向けた取締役会の強い意志が読み取れるものであるべきです。これからの進化に期待をしたいと思います。
余談ですが、以前、某大手議決権行使助言会社とのエンゲージメントミーティングの際、議決権行使助言会社の担当者から、「スキルマトリックスは形式的でも構わないので、まず作成することが重要だ」という趣旨の発言があり、これを大変残念に感じた記憶があります。
私は、議決権行使助言会社であればこそ、「形式的な開示をするくらいなら、ミスリードを生むので開示しない方がマシ」とくらい言って欲しかったんですよね。
まあもう昔の話ではありますが。。。


