1.ASA理論とは何か?
ASA理論とは、組織心理学者ベンジャミン・シュナイダーが提唱した「組織の性質は、そこに集まる『人』によって決まる」とするモデルです。
ASA理論は、この人間中心のアプローチに基づき、組織が時間の経過とともにどのように形成され、維持され、そして硬直化していくかを説明するフレームワークです。
組織には、以下の3つのプロセスを通じて、特定の性格や価値観を持つ人材のみが残り、純化(同質化)していく自然な力が働きます。
- Attraction(誘引)
人材は、自分の性格や価値観と似た組織に魅力を感じ、応募します(類は友を呼ぶ)。
ここには「類似性誘引」の心理的メカニズムが働きます。
求職者は、企業のブランドイメージ、業界での評判、社長の発言、あるいは既にその組織で働いている知人や口コミを通じて、組織の「人格」を推測します。
例えば、リスクを恐れない冒険的な性格の個人は、保守的で官僚的な組織には応募すらしない可能性が高くなります。逆に、安定と秩序を好む個人は、カオスなスタートアップ環境を避けます。この時点で、応募者のプール(母集団)にはすでに大きなバイアスがかかっています。つまり、特定の特性を持つ人々だけが「誘引」されている状態になります。 - Selection(選抜)
組織は、既存のカルチャーや社員と似た価値観を持つ人材を採用します。そのため、異質な人材は弾かれます。
これは「同質性選好」と呼ばれる社会心理学的現象によって強化されます。面接官は「この候補者はウチの会社っぽい」「一緒に働きやすそうだ」という直感的な判断を下しますが、これは多くの場合、候補者が既存のメンバーと類似していることを意味します。シュナイダーは、組織は自らの属性を維持・強化するために、自分たちと適合する人材を選び、そうでない人材を排除するフィルタリング機能を持つと指摘しました。結果として、採用される人材の範囲は、既存の組織文化の許容範囲内に狭められることになります。 - Attrition(定着・退職)
入社後、組織の風土に馴染めない人材は去り、馴染む人材だけが定着します。
この「定着・退職」のプロセスが、組織の同質性を完成させるASAサイクルの最終段階になります。仮に、組織文化とは異なる特性を持つ人材が採用されたとしても、それらの異質な人材は組織内で違和感を覚え、コミュニケーションコストの高さや評価されないストレスに直面することになります。そして、自発的に退職するか、組織から排除(解雇や左遷)されることになります。この「適合しない者は去る」というプロセスを経て、組織に残るのは、その組織の文化や価値観の他、行動規範に深く適合した「均質な人々」だけになります。
シュナイダーは、このサイクルが繰り返されることで、組織は時間の経過とともに、「同質化」していくと論じたのです。
2.企業経営におけるASA理論の重要性
経営戦略において、この「同質化」は諸刃の剣となります。
(1) 同質化のメリット(平時の強さ)
価値観が共有されているため、意思決定が迅速であり、阿吽の呼吸で業務が遂行されます。また、従業員満足度が高く、組織の一体感が生まれます。
(2) 同質化のリスク(変化への脆さ)
市場環境が激変した際、全員が同じ思考パターン(集団思考)に陥っているため、新しい発想が生まれず、変化に対応できずに共倒れになるリスクがあります。
3.組織文化変革の難しさ
ASAのサイクルが機能し、経営陣が意図したとおりに組織が同質化すれば、リソース・ベースト・ビュー(RBV)の観点からは、その独自の組織文化が「模倣困難な経営資源」になります。
しかし、それが意思を持ってマネジメントした結果の組織文化であれば良いのですが、そうでない場合や、現状の組織文化からさらに変革しようとする場合は、非常に困難を伴います。
なぜなら、ASA理論における「免疫反応」が働くためです。
組織文化を変革しようとする場合、同質化に逆らって、意図的に異質な視点を取り入れる「人為的な介入」が必要です。
この「人為的な介入」を実行する際、必ず次の問題に直面します。
- 回転ドア現象
多様な人材(異分子)を採用しても、既存のカルチャーによる同調圧力に耐えられず、すぐに辞めてしまう、あるいは既存社員と同化してしまう現象。 - 既存社員の反発
「昔はもっとアットホームだった」「社長が変わって冷たくなった」といった、古参社員からの心理的抵抗。
しかし、これら問題の発生は、変革の失敗ではなく、むしろ「変革が実際に機能し始めた証拠」です。組織文化を変革するうえでは、痛みを避けて組織文化を変革することはできないと認識すべきでしょう。
つまり、望む組織文化を作り上げ、経営環境の変化に適合するために断続的に変化させるうえでは、ASAサイクルによる同質化を放置せず、意思を持ってマネジメントすることが重要になります。
4.組織文化変革への具体的なアプローチ方法
硬直化した組織文化、同質化が過ぎた組織文化を変革するための、実践的なアプローチとして、「採用(入り口)」と「評価(ルール)」の変更、そして「代謝(出口)」への覚悟の3点を提案します。
① カルチャーアド採用
まず理想の組織文化を言語化し、変えるべきところ、変えるべきでないところを明確にします。そのうえで、望む組織文化を体現できる人材を、外部から招聘するアプローチが有力な方法です。
組織文化の変革を目指す以上はカルチャーフィット採用でなく、カルチャーアド採用を実践することになります。
カルチャーアド採用とは?
カルチャーフィットは、組織の価値観や行動規範、コミュニケーションのアプローチなどに親和性があるなど、現在のカルチャーに合う人を採用することを指します。
これに対して、カルチャーアドは、現在のカルチャーに基本的にはフィットしつつ、新しい価値観や視点をもたらす可能性がある人材を採用することを指します。
カルチャーアドは、2010年代にGoogleやMetaなど、アメリカのIT企業を中心に取り入れられた採用手法です。グローバル化や市場の変化への対応として組織の同質化が行き過ぎて組織が硬直化してきたこと、社会的に多様性への要請が高まってきたことから、より多様な人材を自社組織に取り込んで、変化の激しい市場環境に対して柔軟かつ創造的に対応することが企図されています。
ペリー来航ではありませんが、外から入ってきた方が大きな変化を生み出すには適しているとも考えられます。ですが、もし社内に目指したい組織文化を体現できる人材が存在すれば、その肩を登用する方法も良いですね。必ず外部採用でなければならないというわけではありません。
② 配置・マネジメントにおけるサポート
同質化した組織の中に、異質な人材をポツンと配置してしまうと、せっかく採用した人材が排除されるリスクを高めてしまいます。採用した人材が排除されずに、周囲とコミュニケーションを取りながら、既存社員に対する影響力を発揮していくためのは、経営陣が積極的にサポートすべきです。
具体的なサポート内容としては、まず配置があります。例えば、社長直轄部署に配置したり、変革リーダー直轄の「特命プロジェクト」を立ち上げて、特命プロジェクト専属とするなどが挙げられます。
社内のいたるところに業務上のコミュニケーションの接点が持てるポジションに配置する必要がありますし、ある程度の権限や後ろ盾を与えます。こういった配置上の工夫により、異質な人材が排除されたり、孤立しないように支援します。
次にマネジメント上のサポートも必須です。
例えば、影響力を持つリーダーやミドルマネジャー、若手担当者やベテラン社員とのコミュニケーションを通じて、徐々に浸透させていかねばなりません。そのために、変革人材には「誰がキーマンか?」を共有し、コミュニケーションが取れるきっかけづくりをします。
また、異質な変革人材は同質化した組織のいたるところでハレーションを発生させます。このハレーションは組織文化を変革するうえで避けて通れません。このハレーションを乗り越える過程こそが、組織文化の変革プロセスの核心ですので、このハレーションを当事者間のオープンなコミュニケーションで乗り越えられるように最大限の支援を行います。場合によっては、直接的に変革人材の意見や考え方の支持を表明することも必要かもしれません。
③ 評価制度の変更
評価制度は、経営者から社員に「こうなってほしい」という重要なメッセージです。
人事評価シートに「組織文化の成長に寄与した行動を評価する要素」を盛り込むことは、既存社員に対して明確なメッセージの発信であり、経営陣の本気度を示すことにつながります。
例えば、「挑戦する風土」を高めたいと考えるなら、新しい変化を起こそうとする行動を加点するように評価シートを変えます。また、個人主義からチームワーク重視に転換したい場合は、組織貢献への意欲と行動を加点できるよう評価シートを調整します。
④ 代謝
組織文化を変革するとき、退職を選択する人材は必ず発生します。このとき「創業時から長く勤めてくれた」や「功労者だから」という理由で、慰留しないようにします。退職にあたり、慰労は必要でしょうが、退職による新陳代謝を恐れない姿勢を明確に示すべきです。
社員は経営陣の覚悟を見ています。
組織文化を変革するときには、退職者の発生まで事前に織り込み、覚悟を決めたうえで実行することが肝要です。
5.まとめ
ASA理論は、「放っておけば組織は同質化し、変化に弱くなる」という教訓を与えてくれます。
同質化という慣性に逆らって組織文化を変革するためには、現場に委ねるのではなく、経営層による「意図的かつ強い介入」が不可欠です。
特に「代謝への覚悟」は痛みを伴いますが、これを乗り越えた先に、環境変化に持続的に適合する強靭でしなやかな組織文化(VRIOな組織能力)が構築されます。
経営者は、自社の組織文化に常に目を光らせ、どのような組織文化が望ましいのかを考え続ける必要がありますし、望む組織文化に近づける努力を怠るべきではありません。それこそが経営者が発揮すべきリーダーシップの一つです。



