今回は、企業のガバナンスを考えるうえで、避けて通れないコーポレートガバナンスコード(以下、CGコード)について考えていきます。
コーポレートガバナンスとは?
CGコードを説明する前に、そもそも「コーポレートガバナンス(企業統治)」とは何なのでしょうか?これはCGコードに次の通り記載され定義されています。

もっと簡略化して表現すると、「経営を監視・統制するための仕組み」などと表現できるかもしれませんが、これだと守りのイメージが強いかもしれません。
「果断な意思決定」と表現されている通り、守りのイメージのみならず、日本企業の「稼ぐ力」を取り戻すために適切にリスクテイクしていくという、攻めのガバナンスという意味も込められている点が、コーポレートガバナンスの定義におけるポイントになります。
CGコードとは
CGコード
では次に、CGコードとは、なんでしょうか?
CGコードとは、上場企業が行うコーポレートガバナンスにおいてガイドラインとして参照すべき原則・指針を示したものです。「Corporate Governance」の頭文字を取ってよくCGコードと略されます。この原則・指針に従って企業が情報開示を行うことで、その企業が適切にコーポレートガバナンスに取り組んでいるかどうか、外部からでも分かるようになります。
日本では2015年に策定され、2018年に1回目の改訂、2021年に2回目の改訂がなされました。
CGコードはガイドラインであり、法的拘束力を待たないソフトローであるため、記載されていることを必ず実施する義務があるわけではありません。ですが、後ほど説明する通り、上場企業には開示義務があり、CGコードの記載事項を実施していない場合は、実施していない理由を説明しなければなりません。開示情報は投資家の参考情報になっていることから、上場企業が自社のガバナンスを考えるうえでCGコードを満たしているか否かは重要なポイントになっています。
※法律など法的な拘束力のあるルールを”ハードロー”と呼ぶのに対して、社会的規範やガイドラインなどの法的拘束力のないルールを”ソフトロー”と呼びます。
策定の経緯
CGコード策定の経緯は、2013年以降に政府が成長戦略の一環として企業統治改革を掲げたことが背景にあります。
”「日本再興戦略」 改訂 2014”の日本産業再興プランの中で「コーポレートガバナンスの強化」が次のように明記されました。
日本企業の「稼ぐ力」、すなわち中長期的な収益性・生産性を高め、その果実を広く国民(家計)に均てんさせるには何が必要か。まずは、コーポレートガバナンスの強化により、経営者のマインドを変革し、グローバル水準の ROE の達成等を一つの目安に、グローバル競争に打ち勝つ攻めの経営判断を後押しする仕組みを強化していくことが重要である。
特に、数年ぶりの好決算を実現した企業については、内部留保を貯め込むのではなく、新規の設備投資や、大胆な事業再編、M&A などに積極的に活用していくことが期待される。
「日本再興戦略」 改訂 2014 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/honbun2JP.pdf より抜粋
これを受け、その後の議論を経て、2015年3月に金融庁と東京証券取引所が共同で「コーポレートガバナンス・コード原案」を公表しました。そして東京証券取引所が関連する上場規則等を改正し、このCGコード原案を基とする「コーポレートガバナンス・コード」が制定されました。上場企業に適用されたのは2015年6月になります。
つまり、CGコードは”「日本再興戦略」 改訂 2014”に基づいて、日本の成長戦略の一環として策定されたものということになります。
また、CGコードの策定に先立って、2014年に機関投資家の行動原則である「スチュワードシップ・コード」が策定されました。これは、投資家に対して企業との対話を通じて投資先企業の持続的成長を促すためのコードです。
この2つのコードが車の両輪のように機能することで、中長期的な企業価値と投資家等へのリターンがともに向上し、日本経済の好循環を実現することが狙いとされています。
なお、先程お伝えした通り、CGコードは2015年に策定され、2018年と2021年に改訂されています。一方、スチュワードシップ・コードは2014年の策定後、2017年と2020年に改定されています。
CGコードの特徴
プリンシプルベース・アプローチ
プリンシプルベース・アプローチとは「原則主義」というもので、抽象的な原則のみを定め、細部はそれぞれの企業の判断に委ねるという考え方です。法律や規則等で細かく決めて運用するルールベース・アプローチ「細則主義」の対義語になります。

コンプライ・オア・エクスプレイン
コンプライ・オア・エクスプレイン(Comply or Explain)とは、「遵守(コンプライ)せよ、さもなくば、説明(エクスプレイン)せよ」というもので、当事者に対しCGコードを遵守(コンプライ)するか、遵守しないのであればその理由を説明(エクスプレイン)することを求めるものです。

5つの原則
CGコードは大きく5つの基本原則で構成されています。
基本原則とは、ガバナンスの充実により実現すべき普遍的な理念・目標を示した規範であるとされています。
(1)株主の権利・平等性の確保
上場会社は、株主の権利が実質的に確保されるよう適切な対応を行うとともに、株主がその権利を適切に行使することができる環境の整備を行うべきである。
また、上場会社は、株主の実質的な平等性を確保すべきである。
少数株主や外国人株主については、株主の権利の実質的な確保、権利行使に係る環境や実質的な平等性の確保に課題や懸念が生じやすい面があることから、十分に配慮を行うべきである。
(2)株主以外のステークホルダーとの適切な協働
上場会社は、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の創出は、従業員、顧客、取引先、債権者、地域社会をはじめとする様々なステークホルダーによるリソースの提供や貢献の結果であることを十分に認識し、これらのステークホルダーとの適切な協働に努めるべきである。
取締役会・経営陣は、これらのステークホルダーの権利・立場や健全な事業活動倫理を尊重する企業文化・風土の醸成に向けてリーダーシップを発揮すべきである。
(3)適切な情報開示と透明性の確保
上場会社は、会社の財政状態・経営成績等の財務情報や、経営戦略・経営課題、リスクやガバナンスに係る情報等の非財務情報について、法令に基づく開示を適切に行うとともに、法令に基づく開示以外の情報提供にも主体的に取り組むべきである。
その際、取締役会は、開示・提供される情報が株主との間で建設的な対話を行う上での基盤となることも踏まえ、そうした情報(とりわけ非財務情報)が、正確で利用者にとって分かりやすく、情報として有用性の高いものとなるようにすべきである。
(4)取締役会等の責務
上場会社の取締役会は、株主に対する受託者責任・説明責任を踏まえ、会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上を促し、収益力・資本効率等の改善を図るべく、
(1) 企業戦略等の大きな方向性を示すこと
(2) 経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うこと
(3) 独立した客観的な立場から、経営陣(執行役及びいわゆる執行役員を含む)
・取締役に対する実効性の高い監督を行うこと
をはじめとする役割・責務を適切に果たすべきである。
こうした役割・責務は、監査役会設置会社(その役割・責務の一部は監査役及び監査役会が担うこととなる)、指名委員会等設置会社、監査等委員会設置会社など、いずれの機関設計を採用する場合にも、等しく適切に果たされるべきである。
(5)株主の対話
上場会社は、その持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に資するため、株主総会の場以外においても、株主との間で建設的な対話を行うべきである。
経営陣幹部・取締役(社外取締役を含む)は、こうした対話を通じて株主の声に耳を傾け、その関心・懸念に正当な関心を払うとともに、自らの経営方針を株主に分かりやすい形で明確に説明しその理解を得る努力を行い、株主を含むステークホルダーの立場に関するバランスのとれた理解と、そうした理解を踏まえた適切な対応に努めるべきである。
原則と補充原則
そして、基本原則に紐づく形で31の原則と47の補充原則があり、全体で三層構造になっています。

基本原則は実現すべき普遍的な理念・目標で、原則はそのために一般的に留意・検討されるべき事項です。補充原則は各社において採用が検討されるべきベスト・プラクティスを示しています。
これら全83原則の中で、独立社外取締役を2名以上選任することや、独立社外取締役を3分の1以上選任すること、政策保有株削減の促進、経営トップの選任・解任手続きの透明性、女性や外国人の登用による取締役会の多様化、指名委員会・報酬委員会の設置など多岐にわたる原則の実施が求められたのです。
加えて、従来からあるコーポレートガバナンス報告書という開示書類の中で、CGコードの実施状況に関する開示を義務付け、実施しない場合はその理由の明記(エクスプレイン)が必要となりました。
まとめ
ここまでの説明で、CGコードの概要をご理解いただけたのではないかと思います。
CGコードの初版が策定された2015年当時は、全ての原則をコンプライせねば、投資家に対して自社にガバナンス上の問題があるというネガティブインパクトを与えかねないという風潮(実務者側の認識)があったように思います。
開示される各社のコーポレートガバナンス報告書と自社の実情とを比べて、他社は本当にこんなに多くの原則をコンプライできているのか?(本当に失礼ではあるのですがm(__)m)と疑心暗鬼な日々を過ごしていたことが思い出されます。全83原則をコンプライだと開示している企業も複数あり、マジかよと驚いたことも、今となっては懐かしい思い出です。
振り返ると、各社とも対応方針を決めかねている中、どうしてもネガティブインパクトを嫌忌してリスク回避の方向にならざるを得なかったというのが当時の実情ではないでしょうか。つまり、CGコードがソフトローで解釈が企業側にゆだねられているが故に、自社に都合の良いように解釈して兎に角コンプライにするという対応があったのだろうと思います。
実際に、東証も2021年2月の文書で、以下のFAQを公開しています。

今では、形式的なコンプライではなく、実質的なエクスプレインを重視することで、より各社の実態に即したコーポレートガバナンスを実現できるという認識が浸透しているでしょう。
形式的なオールコンプライではなく、各社の実態に即した形で原則の内容を実施し、実施できないものは合理的な説明がなされていれば、むしろ当該企業の信頼性は高まるというメッセージを発信してくれる機関投資家もおられます。
そのため今では形式的な対応は少なくなっていると思われます。形式も大事ですが、それに囚われては本末転倒ですよね。やはり実質の方こそ重要視すべきです。
お読みいただき、ありがとうございました。

