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書評:『役員報酬制度の設計実務』

書評

  • タイトル: 役員報酬制度の設計実務
  • 著者: 綾 高徳
  • 出版社: 商事法務

目次

序章 本書の構成
第1章 事前準備
第2章 現状分析および方向性策定
 第1節 現状分析
  第1項 比較集団の設定
  第2項 現状分析のフレームワーク

 第2節 方向性策定
第3章 詳細設計①(指名)役位体系の設計とその運用
 第1節 経営者の仕事とは
  第1項 経営者は誰のために仕事をしているのか
  第2項 経営者はどのような役割を担っているのか
  第3項 経営者はどういった組織体制で役割・責務を果たしているのか

 第2節 役位体系と運用基準の設計
  第1項 役位体系の設計
  第2項 運用基準の設計

第4章 詳細設計②(報酬)報酬制度の設計
 第1節 報酬ポリシーの策定
 第2節 報酬ポートフォリオの設計
  第1項 手順1:報酬ポートフォリオのフレームワークを設計する
  第2項 手順2:報酬ポートフォリオ上に報酬項目を選択して配置する
  第3項 手順3:配置した報酬項目間の構成比率を設計する 

 第3節 基本報酬の設計 固定報酬

 第4節 賞与の設計
  第1項 賞与の目的・概要
  第2項 賞与の算定方式
  第3項 賞与支給額の一部をRSで渡す方法

 第5節 株式報酬の設計 MTI&LTI
  第1項 株式報酬の役割
  第2項 株式報酬を設計する上で論点となる9つの事項
  第3項 各株式報酬スキームの詳細設計
  第4項 株式報酬以外の中長期インセンティブ

 第6節 設計した制度の妥当性検証
 第7節 役員報酬規程

第5章 社外取締役の報酬制度
第6章 グループ会社の役員報酬制度
第7章 従業員向け株式報酬制度

役員報酬は、開示情報が限られているうえ、ロジックよりも慣例や現状の考え方が優先されがちなテーマです。だからこそ、「なぜそう設計するのか」という根拠が見えにくく、実務担当者が判断に迷う場面も少なくありません。

私自身、報酬委員会の運営に試行錯誤しているなかで、制度設計の考え方を体系的に整理したいと思い、本書を手に取りました。

コーポレートガバナンスコード制定以降の10年間で、日本企業の役員報酬は急速に変化してきました。本書を読めば、その変化の全体像と、設計にあたって押さえるべきポイントが体系的に理解できます。

1. 役位フレームの「OLDタイプ」と「NEWタイプ」

本書の冒頭で印象的だったのが、役員の役位フレームに関する整理です。

「専務取締役」「常務取締役」のように取締役を序列化する旧来のフレーム(OLDタイプ)は、監督と執行が未分離だった時代の名残です。現在の主流は、取締役は序列化せず、「専務執行役員」「常務執行役員」のように執行役位を序列化するフレーム(NEWタイプ)への移行です。

TOPIX500クラスの企業では、2024年7月1日時点で90.9%がNEWタイプに移行済というデータが示されており、移行がいかに進んでいるかを改めて数値で確認できます。

なぜ取締役を序列化してはいけないのか。

取締役は相互監督が本来の役割であり、そこに上下関係を作ってしまうと、取締役会の意思決定が上位の取締役を「忖度」したものになりかねない、というガバナンス上の問題が生じるからです。こうした説明は教科書的にも語られますが、本書では「ではOLDタイプの企業はどう対処すべきか」という実務的な処方箋まで示されている点が印象的です。

ここで、まだOLDタイプのままである企業へのアドバイスとして筆者が提案するのは、インデックス比較ではなく競合他社名を明示したピアグループ比較を行うことです。その理由として「インデックス比較ではピンとこない役員も、競合他社のネームが入ったピアグループを見ると、認識のレベルが変わる」と説かれており、これは実務者として納得できる視点でした。

2. 役員に関する「よくある誤解」の整理

本書では、日本のガバナンスが整備される以前から形成された誤った認識として、以下の3点が整理されています。

  1. 取締役に序列がある
    階層があるのは執行役位。取締役間は相互監督のため、階層を作ることはできない。
  2. 執行役員が昇格して取締役になる
    会社法上、取締役は「機関」であり「役職」ではない。執行役員の身分を主体としつつ、取締役に「就任する」という関係
  3. 会長や社長は執行役員ではない

特に②の「取締役は機関であり役職ではない」という整理は、実務においてもしばしば混乱の原因となるポイントです。定款との関係も含めて、改めて整理する機会を与えてくれます。

3. 報酬ポートフォリオの考え方

報酬項目を整理した図表(基本報酬・賞与・株式報酬・ファントムストック・退職慰労金)の性格と、それぞれのインセンティブが発揮される時間軸の整理はわかりやすいものでした。

業績連動報酬の比率設計についても、「新たに制度改定を行う会社で、役員の業績連動報酬の比率を自社の賞与比率よりも低い比率で設計する会社はいまのところ見たことがない」という筆者の経験談は、実務者にとって参考になる目線でした。従業員の賞与との比較においても、役員報酬制度に対して「従業員に説明できるだけの規律」を求めることは当然だという姿勢に、非常に共感を覚えます。

4. 株式報酬をめぐる意識の変化

「報酬はできれば現金でもらいたい」日本の経営者にとって、株式報酬が心理的に馴染みにくかったため、日本企業における株式報酬の普及がこれまで遅れてきたと、これまでの株式報酬の導入変遷を分析しています。

その一方で、筆者は今後の方向性として「基本報酬 > 賞与 = 株式報酬」を目指す制度改革をターゲットに据え、その先には中長期インセンティブが短期インセンティブを上回る段階、さらに基本報酬を上回る段階へと移行していくと展望されています。これは私自身も同感です。

5. 社外取締役の報酬設計

「社外取締役の監督対価 = 社内取締役の監督対価」とするのが基本的な考え方だという指摘は納得感がありました。さらに筆者は、外部労働市場から社外取締役を獲得することの難しさを勘案して監督対価にプレミアムを上乗せすることも一つの考え方だと述べています。

私はこれまで、実効的な監督という観点からは、会社の内情をよく知る社内取締役のほうが監督機能を果たしやすいと考え、社内取締役側にプレミアムが乗るイメージも持っていました。しかし筆者の指摘は「外部から招聘する難しさへの対価」という採用市場の論理に基づくものであり、視点の違いとして興味深く読みました。自社の設計を考えるうえで、あらためて整理が必要な論点です。

また、代表権対価と監督権対価の比率が多くの会社で50〜100%の範囲に収まっており、代表権対価が監督権対価を超えることは筆者の経験上ないという点も、実務上の参考になります。

株式報酬の5つの役割

本書では、株式報酬の機能が以下の5点に整理されています。

  1. 役員の経営努力と報酬をバランシングさせる機能
  2. 株主と役員の利害を調整する機能
  3. 役員の離職を防止する機能(リテンション)
  4. 経営リスクを回避・軽減させる機能(クローバック・マルスの活用)
  5. グループ役員の一体感を醸成する機能

内部昇格者が大半を占める企業においては、③のリテンション機能の優先度は相対的に低くなりますが、①②④⑤は依然として重要です。特に④のクローバック(交付済み株式の没収)やマルス(交付停止)条項は、役員への牽制として機能する重要な仕組みです。

①に関しては、役員の役割は中長期から短期と幅広いので、例えば短期目標に対するインセンティブとして役員賞与を活用し、中長期目標に対するインセンティブとして株式報酬を活用することは大いに考えられる設計ですが、最近は中期経営計画を立案しない企業も増えてきており、単に対外公表しないだけなら内部目標を役員報酬と連動させれば良いので問題ないが、そもそも立案していない場合は報酬設計に影響せざるを得ないと感じました。

報酬設計上、中長期の役割について明確に設計しておくことが、本来あるべき役員の役割を果たすための牽制になると考えるなら、対外公表の有無は別として、中長期の目標の設定は不可避であるように思えます。

役員賞与の算定における実務的な注意点

役員賞与の算定基礎として「当期純利益」を使うこと自体への異論は少ないものの、特別損失の計上を取締役会が意図的に先送りするリスクがある点は見逃せません。本書では、指名・報酬委員会が認めた場合にのみ「調整後当期純利益」を使えるという定めを規程に盛り込むことを提案しており、これは非常に実務的なアドバイスだと感じました。

本書は、役員報酬という切り口から入ることで、取締役の監督と執行の分離という概念を自然に理解できる構成になっています。また、各論点が図表を用いて体系的に整理されており、概念の全体像を視覚的に把握しやすい点も大きな特徴です。文章を読み進めながら図表で確認できる構成は、理解を深めるうえで非常にありがたいと感じました。

制度設計の実務はもちろん、コーポレートガバナンスへの理解を深めたい人事・総務実務者、あるいは自社の役員報酬の現状に課題意識を持つ経営企画担当者にとっても、必読に値する一冊です。

「こういう会社ではこう設計する」「こういう場面ではこう説明する」という現場目線のアドバイスが随所に散りばめられており、報酬委員会の運営や制度改定の議論に臨む際に、ぜひ手元に置いておきたい実務書です。

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