はじめに
「やりがい」という言葉は日常的によく使われますが、具体的に何を指し、どのようにすれば高められるのか。この難問に、日々格闘されている方は多いのではないでしょうか。
今回は、この「やりがい」の正体を明らかにし、会社で従業員の「やりがい」を高めるための具体的な方法について検討します。
皆様が日々の仕事や組織運営において、「やりがい」を育むためのヒントを見つけていただければ幸いです。
1. 「やりがい」とは何か?
「やりがい」は、一般的に仕事に対する満足感や充実感を表現する言葉ですが、心理学、経営学、社会学など多岐にわたる分野で研究されており、単一の定義で説明されるものではありません。
複数の学術的な見地を総合すると、「やりがい」とは次のように要約できます。
自己の成長や社会への貢献を実感し、仕事そのものに価値を見出し、自律性(自分で決められる感覚)と有能感(自分には能力がある感覚)を持って主体的に関与している、持続的かつポジティブな心理状態
これは、給与や役職といった外から与えられる報酬だけでなく、個人の内的な欲求が満たされ、仕事の内容そのものから得られる「有意味性」や「達成感」によって育まれる、より高次な精神的な報酬であると言えるでしょう。
特に「新しいことができるようになった」「知識が増えて専門性が高まった」といった「成長実感」は、「やりがい」を生み出すための重要な要素の一つです。人間が持つ根源的な「成長したい」という欲求が満たされることで、内面から湧き上がる満足感や達成感が「やりがい」になります。
2. 「やりがい」を高めるためのアプローチ
では、会社で従業員の「やりがい」を高めるためには、どうすれば良いのでしょうか?
いくつかの理論が示唆を与えてくれます。
ここでは、代表的な理論から導かれるアプローチを検討いたします。
自己決定理論に基づくアプローチ
心理学者のエドワード・デシとリチャード・ライアンが提唱した「自己決定理論」では、人間が「やりがい」を感じ、意欲的に活動するためには、以下の3つの基本的な心理的欲求が満たされることが重要だとされています。
つまり、会社はこれらの欲求を満たす環境を整えることが重要になってきます。
- 自律性(Autonomy)を高める
「自分で行動を選択し、決定したい」という欲求を満たすことです。仕事の進め方や計画について、ある程度の裁量権が与えられることで、従業員は「やらされている」感覚ではなく、「自分で仕事を進めている」という主体性を感じやすくなります。
- 有能感(Competence)を満たす
「自分には能力があり、効果的に物事を成し遂げられる」と感じたい欲求です。困難な課題を乗り越えたり、新しいスキルを習得したりする中で「自分は成長している」と実感できることが重要です。
- 関係性(Relatedness)を育む
「他者と尊重し合える良好な関係を築きたい」という欲求です。職場の上司や同僚、顧客などと信頼関係を築き、互いに貢献し合うことで満たされます。
職務特性モデルに基づくアプローチ
グレッグ・オールドハムとリチャード・ハックマンが提唱した「職務特性モデル」は、どのような仕事の特性が「やりがい」を生み出すかに着目しています。
次の5つの特性を意識して仕事内容を設計することで、従業員の「やりがい」を高めることができます。
- 技能多様性(Skill Variety)
仕事において、多様なスキルや才能を使う機会がある度合いです。単調な仕事よりも、様々な能力を求められる仕事の方が「やりがい」につながります。
- タスク完結性(Task Identity)
仕事の全体像が見え、最初から最後まで一貫して関与できる度合いです。自分の仕事が全体のどの部分を担っているのか、最終的に何になるのかが分かると、責任感や達成感が高まります。
- タスク重要性(Task Significance)
その仕事が、他者の生活や仕事に大きな影響を与える度合いです。自分の仕事が誰かの役に立っている、社会に貢献していると感じることで、「やりがい」が深まります。
- 自律性 (Autonomy)
仕事の進め方やスケジュールを自分で決められる裁量の度合いです。
自律性は個人の裁量権や自己決定の感覚を指し、これが満たされることで内発的な動機づけが高まり、結果として「やりがい」に繋がります。
自己決定理論においても、自律性は人間の基本的な心理的欲求の一つとして挙げられています。 - フィードバック(Feedback)
職務遂行の成果に関する明確で直接的な情報を得られる度合いです。自分の仕事がどう評価され、どのような結果につながったかを知ることで、改善点を見つけたり、達成感を味わったりできます。
ハーズバーグ「二要因理論」とポジティブ心理学に基づくアプローチ
フレデリック・ハーズバーグの「二要因理論」では、仕事への満足感(やりがい)に直結する要因(動機づけ要因)として、達成感、他者からの承認、仕事そのものへの興味、責任、昇進、成長の機会などを挙げています。これらを積極的に提供することが重要です。
また、「ウェルビーイング(幸福)」を研究する「ポジティブ心理学」という学問があります。その創始者であるマーティン・セリグマンたちは、ウェルビーイングの5要素を【Positive Emotion:ポジティブ感情】【Engagement:エンゲージメント】【Relationships:関係性】【Meaning:意味・意義】【Achievement:達成】の5つとし、「PERMA(パーマ)」と呼んでいます。
つまりエンゲージメントの高低が幸せに影響するとしており、エンゲージメントを高めるための仕掛けも有効だと考えられます。
3. ルーティンワークやポータビリティの低い仕事での「やりがい」創出
この通り、自己決定理論においては、自律性を高める・有能感を満たす・関係性を育むことでやりがいを高めることができますし、職務特性モデルからは、技能多様性・タスク完結性・タスク重要性・自律性・フィードバックの5つを意識して職務を設計することでやりがいを高めることができます。
他にも二要因理論における動機付け要因を満たしたり、エンゲージメント向上も有効であることを見てきました。
では、例えば「担当職では会社固有のスキルしか身につかず、別の業界や会社での価値につながるスキルを身に着けにくい」や、「毎日同じ仕事をしなければならない」という成長実感を感じにくい業務を担当せざるを得ないといった状況では、「やりがい」を感じにくいのではないか、という疑問が出てくるかもしれません。
職場では、まだまだこういった実態が多く存在しているでしょうが、しかしこういった状況でも「やりがい」を見出し、高めることは可能です。
「身近な有能感」の重視
自己決定理論でいう「有能感」は、必ずしも「市場価値の高いスキル」の獲得だけを求めるものではありません。「自分が今いる環境において、物事を効果的に成し遂げたい、周囲の期待に応えたい、役に立ちたい」という、より根源的で身近な欲求を満たすことが重要です。
スキル習得の「プロセス」でポータブルな能力を磨く
一見、会社固有で他では通用しないような業務知識の習得も、その「プロセス」に注目すると、実は汎用的な能力(ポータブルスキル)が鍛えられています。
このような「メタ的な視点」(一段上の視点)で自身の成長を捉えることができれば、ポータビリティの低い業務からも十分に「成長実感」を得ることが可能なのです。
「意味の再発見」と「熟達」の追求
毎日同じルーティンワークであっても、その仕事が会社全体のどの部分を支え、最終的に顧客や社会にどのような価値を提供しているのか(タスク重要性)を意識することで、仕事への誇りや「有意味感」を持つことができます。
また、単純作業であっても、それを極めることで「誰にも真似できないスピードと正確性」を持つ「熟達者」になることができます。この「熟達」は、他者からの尊敬や信頼につながり、「有能感」と「やりがい」を生み出します。
まとめ
「やりがい」とは単なる楽しさや満足感に留まらず、自己の成長や社会への貢献を実感し、仕事そのものに価値を見出し、主体的に関与する持続的な心理状態であると理解できます。
会社が従業員の「やりがい」を高めるためには、以下の点に注力することが重要です。
- 「自己決定理論」の三つの欲求を満たすこと:
- 従業員が自律性を持って仕事を進められる機会を増やす。
- 有能感を得られるよう、成長の機会や適切なフィードバックを提供する。
- 良好な関係性を築き、貢献感を味わえる環境を整える。
- 「職務特性モデル」に基づき仕事内容を工夫すること:
- 仕事に技能多様性、タスク完結性、タスク重要性、自律性、フィードバックの要素を盛り込む。
また、たとえルーティンワークや会社固有のスキルが求められる仕事であっても、「身近な有能感」や「プロセスの成長」、「仕事の意味の再発見」や「熟達」といった視点を持つことで、「やりがい」を創出し、高めることが可能です。
「やりがい」は、会社と従業員が共に成長していくための重要な鍵となります。
本稿が、皆様の組織における「やりがい」の向上の一助となれば幸いです。
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