概要
- タイトル:プロフェッショナル・ネゴシエーターの頭の中
- 著者等:藤井一郎
- 出版社:東洋経済新報社

目次
はじめに
第1章 「交渉」を知らなければビジネス界では生きていけない
第2章 信頼ベースの交渉術
第3章 満足する交渉術
第4章 ワンランク上の心理交渉術
第5章 相手には知られたくない価格交渉術
第6章 これだけは押さえておきたい立場別交渉術
第7章 自分の感情をコントロールする方法
おわりに 交渉術から交渉道へ
印象に残った論点
1. 交渉力の根幹:合意への「思い」が力学を決める
本書で最も印象的だったのは、交渉力の根源を「7つの要素」に整理されている点です。読んでいて、とても分かりやすかったです。
特に印象的だったのは、交渉力を決める第一の要素が「お互いがどれだけ合意したいと思っているか」であるという指摘です。合意への思いが強い、つまり「どうしてもこの取引を成立させたい」という切迫感がある方が、交渉力は弱くなります。
これは、交渉とは論理戦ではなく、お互いの依存度という心理的な力学で成り立っていることを示しています。
当然と言えばそうなのですが、これをしっかりと理解することは、相手の状況だけでなく、自分自身の内なる感情を客観視することの重要性を教えてくれます。
2. 「怒り」は交渉の自殺行為
「交渉は怒ったら負け、同時に相手を怒らせてもダメ」という指摘は、交渉の場でいかに感情のコントロールが重要であるかを端的に示しています。
怒りは論理的な判断を曇らせ、相手との関係性を破壊し、合意を遠ざけます。まさに、カーネギーが言うように「相手は感情の動物」であることを肝に銘じる必要があります。
3. 交渉の場で働く心理法則
本書では、チャルディーニの「6つの心理法則」(返報性、一貫性、社会的証明、好意、権威、希少性)やザイアンスの「単純接触効果」など、多くの心理法則が紹介されています。これらは、交渉の場面だけでなく、マーケティングや日常の人間関係でも強力に作用します。
また、「確証バイアス」や「反射的低評価」といった、人が無意識に持ってしまうバイアスの存在を理解することは、交渉を客観的に進める上で不可欠です。私たちは皆、自分の都合の良い情報ばかりを集め、反対意見を無条件に拒否しがちです。この「人間の性(さが)」を自覚できるかどうかで、交渉の結果は大きく変わるという指摘です。
実務への示唆
本書で得られる知見は、ビジネスにおけるあらゆるコミュニケーションに直結します。
1. 事前準備:相手の頭の中を探る「自省録」の問い
交渉に臨む前、私たちが行うべきは、ローマ皇帝マルクス・アウレーリウスの『自省録』にある問いを自身に課すことです。
「他人のなすあらゆる行為に際して自ら次のように問うてみる習慣を持て。「この人はなにをこの行為の目的としているか」と。ただし、まず君自身から始め、第一番に自分を取り調べるがいい。」
交渉相手の行動の目的と、自分自身の目的(目標と譲れないライン)を深く掘り下げておくこと。
これが、交渉力を構成する「相手に関する正確な情報」を得るための第一歩であり、感情論に陥らないための羅針盤となります。
2. 情報の提示順序と「ピーク・エンドの法則」
情報をどのように提示するか、その順序も交渉術の一部です。
- 悪い情報は交渉初期に一気に伝える
最初にまとめて悪い情報を出すことで、その後のプロセストータルでの印象が改善されやすくなります(例:100万円の損を2回よりも、200万円の損を1回で済ませる)。 - 「ザッツ・ノット・オール・テクニック」を応用する
まず相手に商品の価値を認めさせ(お買い得感)、その後に「さらに」特典や譲歩を加えることで、最終的な満足度(お買い得感)を最大化します。
これは、あらゆる経験の快苦の度合いが「ピーク時と終了時の快苦の度合いで決まる」という「ピーク・エンドの法則」を応用したものです。合意の瞬間の「終わりよければすべてよし」という感情を生み出すように交渉を設計すべきということです。
3. 批判を成長の糧とする心の持ちよう
交渉のプロセスでは、必ず意見の対立や批判が生じます。
この時、感情的にならず、自分の成長と捉える著者や、本書でも紹介されている羽生善治さんの姿勢は、プロフェッショナルとして見習うべきものです。
批判されたとしても、それは批判した人の個人的な意見にすぎない。他の人はどう思うかわからない。批判されたことをそれを受け入れるかどうかは自分で判断すべき。
また、将棋の羽生善治さんが、著書「結果を出し続けるために」の中で、ミスをした時の心の持ちようを次の通り述べていると紹介されています。
ミスは、能力を発揮する機会、自分自身の成長のために不可欠なプロセスと考える
総評
本書では「結果のみにこだわると幸せになれない」と語られています。
結果のみにこだわると幸せになれない。なぜならいくら努力しても究極的には人は結果をコントロールすることができないから。自分がコントロールできるのはプロセスです。自分が何を考え、何を話し、どのように行動するかです。目標達成を目指すプロセス自体を楽しみ充実感を得ることが、幸せな交渉者になるため、また幸せな人生を送るために最も大切なこと。
まさに著者の指摘通りでしょう。
私たちがコントロールできるのは、「プロセス」だけです。何を考え、何を話し、どのように行動するか、その過程を楽しむことこそが大切で、私自身とても共感したところです。
「交渉」と聞くと、論理や理詰めの対話というイメージを持つかもしれません。しかし本書は、交渉のテクニック、心理学、そして哲学がバランス良く組み合わさった、非常に読み応えのある一冊になっています。
ビジネスパーソンはもちろん、対人関係に悩むすべての人にとって、自己理解と他者理解を深めるために役立つ一冊です。
