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人材開発 計画的偶発性理論の実践

人事・総務の話題

今、伝統的な日本企業が運用してきた「年功序列」は、過去の遺物となっています。どのような企業も社員の能力開発を行い、高い能力を持ち、高い成果を上げる人材を積極的に登用して、予測困難な変化に柔軟に対応し、さらなる業績向上へとつなげていく必要に迫られています。

今回は、こういった背景の元、有名な「計画的偶発性理論(ジョン・D・クランボルツ教授)」をベースに、「如何にして社員の能力開発を行うか?」について考えたいと思います。

計画的偶発性理論(Planned Happenstance Theory)

「計画的偶発性理論」とは、スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授が提唱した個人のキャリアに関する理論です。

クランボルツ教授は、成功を収めたビジネスパーソンのキャリアを調査した結果、その転換点や重要な機会の約8割が「本人が予期していなかった偶然の出来事」によってもたらされていることを明らかにしました。

この事実は、緻密に練り上げられたキャリアプランや経営計画が、必ずしも成功を保証するものではないこと、また計画に固執しすぎることは、目の前に現れた予期せぬチャンスを見逃すリスクがあることを示唆しています。

本稿では、この「計画的偶発性理論」を、単なる個人のキャリア論としてではなく、中堅・中小企業の人材開発施策に応用して、人材開発の実践的なアプローチを検討いたします。

計画的偶発性理論のユニークな点は、「偶然」を単なる運や受動的な事象として捉えるのではなく、自らの行動によって「引き寄せ、活用し、計画的に創出する」ものだと定義している点です。

この理論を構成する3つのポイントは次の通りです。

構成要素内容と経営上の解釈
偶発性の支配キャリア形成の8割は偶然の出来事に左右される。経営における不確実性を前提とした戦略構築が必要である。
機会の活用偶然の出来事を、自身の行動力と努力によって成長の機会へと変換する。変化を「障害」ではなく「可能性」と捉える文化が重要である。
意図的な創出偶然を待つのではなく、能動的に動くことで新しいチャンスを引き寄せる。従業員の主体的な行動が組織の活力を生む。

従来のキャリア理論(エドガー・シャインのキャリア・アンカー等)が、個人の揺るぎない価値観や特性を重視し、それを軸に将来を設計することを推奨していたのに対して、計画的偶発性理論は「未来はオープンであり、変化に適応し続けること自体がキャリアである」という視点になります。

クランボルツ教授は、偶然を引き寄せ、それを確実にキャリアのステップアップへと繋げるためには、5つの具体的な行動特性(スキル)が必要であると提唱しています。

経営者・管理職・人事は、従業員がこれらの特性を発揮しやすい環境を整えることが求められます。

好奇心 (Curiosity):新しい学びへの扉を開く

好奇心は、新しい情報や経験に対して積極的に関心を持つ姿勢を指します。

ビジネスにおいては、自らの専門領域を越えて他部署の業務や最新のトレンドに興味を持つことを意味します。

  • 阻害要因
    「自分の仕事には関係ない」という心理状態。学ぶ意欲の低下。
  • アプローチ
    社外セミナーへの参加支援や、異職種間の交流を奨励するなど、従業員が新しい情報に触れる機会を提供する機会を意図的に創出する。またそれを仕組み化する。

持続性 (Persistence):失敗を糧に継続する

「チャンスだ!」と明らかに感じられる機会は、そうそう訪れません。

むしろ、偶然訪れる機会の多くは、望まぬ人事異動であったり、大きな課題やトラブルの発生だったりします。

つまり「機会」とは、最初は不都合な出来事や困難として現れるのです。

諦めることなく、その出来事や困難にぶつかり続けることで、やがて「チャンス」へと変容していきます。

  • 阻害要因
    失敗を過度に恐れてしまう心理。
    近視眼的な思考。
  • アプローチ
    失敗を「過失」として攻める職場風土ではなく、新しく挑戦した事実・挑戦から得られた学びや努力を賞賛する職場風土を構築する。
    結果のみならず、プロセスも評価する人事制度を構築する。

柔軟性 (Flexibility):変化を恐れず適応する

こだわりすぎず、状況の変化に応じて自身の考え方や行動を変容させる能力です。計画通りにいかないことを「失敗」と捉えるのではなく、別の可能性の始まりと捉える柔軟なマインドセットが求められます。

  • 阻害要因
    既存の成功体験やルーチン・ルールへの固執。
  • アプローチ
    急な業務変更や担当外タスクの発生を「例外」として捉えず、「起きて当然のこと」だと捉えるマインドセットを養う。例えば、週次ミーティングで「先週、想定外だったこと・担当タスクで対応したこと」を共有する場を設けるだけでも、変化への対応が通常業務の一部になっていく。
    具体的行動に結びつけることを習慣化する。例えば、評価面談で上司から「指摘されたこと」や日常業務の中で同僚から「言われたこと」をメモするだけで終わらず、「それを受けて何を変えるか」という具体的行動まで落とし込んで考える。

楽観性 (Optimism):ポジティブな未来を信じる

新しい機会は実行可能で、達成できると考えるポジティブな思考です。

未知の状況に対して「きっとなんとかなる」「やってみれば面白いかも」と考えることが、行動の原動力になります。

  • 阻害要因
    未経験のことに対する過度な不安や、否定的な予測。
  • アプローチ
    経営者や管理職が、かつて苦労したエピソードを「あのとき大変だったが、結果的にこうなった」という文脈で、過去の困難を成長の伏線だったことを積極的に語る。
    経営者や管理職が未来に対する前向きなビジョンを語り、従業員が心理的安全性を感じられる職場環境を構築する。

冒険心 (Risk Taking):リスクを取って行動する

結果がどうなるか分からない状況でも、恐れずに行動に移す姿勢です。新たな機会は行動しない者の前には現れません。行動を繰り返すことで、偶然の機会に出会う可能性が生まれます。

  • 阻害要因
    先行き不透明な物事に対する不安やためらい。
  • アプローチ
    「まずは小さく試す」文化を奨励し、挑戦に伴うリスクを歓迎する組織風土を構築する。
    社内公募制や立候補制のプロジェクト組成による、自ら一歩を踏み出す機会の積極的な創出。

大企業では、人材開発に関する専門部署が設けられ、その専門部署で育成計画が立案され計画的な育成が実行されます。

一方、リソースが限られる中堅・中小企業では、大企業のように専門部署を設置しておらず、また充実した人材育成計画を持たない企業も多いでしょう。

しかしその一方で、中堅・中小企業においては、計画が存在しないが故に、その時々に応じた臨機応変かつクイックな打ち手の実施が可能になります。つまり、「スピード」が一つの強みになります。

さらに、「少人数であるが故の業務範囲の広さ・新しい業務に挑戦せざるを得ない環境」も、人材開発の側面からは強みになります。

なお、AIの進化は職務の定義を日々書き換えており、数年後の「必要なスキル」を正確に予測することは不可能に近いでしょう。

このような状況下では、特定のスキルセットに特化した人材を育成するよりも、どのような変化に対しても「好奇心」を持って飛び込み、そこで新しいチャンスを掴み取れる人材を育成する方が合理的で、組織としての生存確率は高まると考えられます。

その観点からも「業務範囲の広さ」や「新しい業務に挑戦せざるを得ない環境」は強みと言えます。

さらに、昨今議論されている「配属ガチャ(新入社員が希望しない部署に配属されること)」への対策としても本理論は有効です。一昔前は「総合職である以上、どこに配属になろうが、どんな仕事になろうが、それを当然として受け入れる」というマインドセットでした。

しかし、昨今充実してきた大学時代のキャリア教育の結果、新卒新入社員のキャリア自律の意識は大きく変化し高まっています。

そんな新卒新入社員にとって、自分の希望と異なる想定外の配属は大きな挫折感を生みやすくなっています。一方で、総合職採用が中心である多くの中堅・中小企業では、適性は考慮するけれども、主として組織上の必要性から配属が決定される現実があります。

配属辞令を受けた新卒新入社員が計画的偶発性の観点から「この配属がどのような予期せぬ成長をもたらすか」というマインドセットで受け止めることができれば、どうでしょう?

この現実の前でも、自分の希望と異なる配属をポジティブな転機へと昇華させることが可能となります。

人事異動とジョブローテーション

中堅・中小企業において、人事異動は単なる欠員補充の手段に留まりがちです。

ですが、計画的偶発性理論の観点からは、人事異動は従業員に「意図的な偶然」を提供し、その潜在能力を開花させるための有力な手段になります。

意図しない異動が、異動対象者にとってストレスになるケースもあるでしょう。

しかし、その「たまたまの異動」が、後のキャリアにおける決定的なスキル(例えば、現場を知る営業担当者、数字に強い製造責任者等)を生むケースは枚挙にいとまがありません。

私自身も、自分にとって予想外の異動が、後のキャリアに大きな影響を与えたなと振り返って感じるところ大ですし、本稿を読まれている方も、きっと似た経験があるのではないかと思います。

経営者や上司が実践すべきは、異動の背景にある「期待」を明確に伝え、それが本人の「将来のありたい姿」にどのように繋がるかのストーリーを共に描くことです。

また、特定の業務に固定化されない「シンプルなビジョン(例:顧客の課題解決に貢献できるプロフェッショナル)」を持たせることも有効で、異動という偶発的事象を前向きに受け入れさせるうえで役立ちます。

ジョブローテーションは、計画的偶発性を組織的に具現化する手法です。異なる職務やプロジェクトに挑戦させることで、意図的に「偶発的な出来事」が起きやすい状況を作り出すのです。

特に中小企業において、多能工化(一人の従業員が複数の業務をこなせるようにすること)は、業務の効率化だけでなく、従業員の「視野の拡大」に大きく寄与します。

さらには、多能工化は組織レジリエンスの強化にもつながります。

  • 物流・製造業の例
    仕分け、梱包、出荷、機械操作といった各工程を経験させることで、従業員は「全体最適」の視点を持つ。これは、トラブルが発生した際の柔軟な対応力を養うことに直結する。
  • サービス・宿泊業の例
    フロント業務のスタッフがレストランや客室清掃の現場を理解することで、顧客対応の質が高まるだけでなく、部署間の連携や新サービスの提案という新たな「偶然の改善」が生まれるきっかけとなる。

従業員自身も、自分にどのような適性があるかを完全には把握していません。自ら体験して気づくことは沢山あり、ジョブローテーションを通じて異なる環境に身を置くことで、本人が気づいていなかった強みが偶然にも発見されることがあります

これはいわゆる「ジョブ・クラフティング(自らの仕事を再定義すること)」であり、結果として従業員のエンゲージメント向上に寄与するものです。

越境学習

リソースの限られた中小企業でも、コストを抑えつつ実施可能な施策は数多く存在します。以下の表では、特に中堅・中小企業が取り入れやすい越境学習を中心に整理します。

手法内容中堅・中小企業にとってのメリット
副業・兼業の解禁自社以外での業務を許可する外部の知見を無償で導入、
離職防止
他企業への出向提携先やベンチャーへの派遣転職リスクを抑えつつ
ノウハウ吸収
プロボノ・NPO参加スキルを活かした社会貢献異なる価値観に触れ、
視野を拡大
オンライン講座Schoo等の
定額プラットフォーム活用
低コストで幅広い知識を
習得可能
ワーケーション非日常の場所で業務と交流創造的思考の誘発、
リフレッシュ
異業種交流型
ワークショップ研修
異業種・異職種の参加者と混成チームを組み、ワークやディスカッションを通じて課題解決を体験する公開型研修座学ではなく体験・対話が中心で、多様な価値観に触れながら柔軟な思考力を養える。単独開催が難しい中小企業でも外部の公開講座として参加しやすい
地域・行政との
協働プロジェクト参画
自治体や商工会議所が主導する地域課題解決プロジェクトに、企業代表として参加する地域に根ざした中堅・中小企業ならではの接点を活かせる。行政や他業種・NPO等と協働する中で、社内では得られない視野と人脈が生まれる
商工会議所・業界団体の勉強会・交流会商工会議所や同業者団体が主催する勉強会・交流イベントに定期的に参加する低コスト・短時間で実施でき、同規模・同業種の経営課題を持つ他社との情報交換が可能。中小企業が最も参加しやすい越境の場の一つ
社内留学(※欄外)他部署に一定期間在籍し、
業務を経験する
低コストで多部署理解・
人脈形成が可能
20%チャレンジ(※欄外)業務時間の一部を自由な
プロジェクトに充当する
自発性と創造性を引き出し、
イノベーションの土壌を醸成
社内副業(※欄外)本来の担当業務と並行して
別部署の業務を兼任する
多様なスキル習得と
部署間連携の強化に寄与
(※)社内留学・20チャレンジ・社内副業の3手法は、効果が高い一方で、人材リソースに乏しい中堅・中小企業では、一人が抱える業務量が多く、他の業務に手を出す余裕がないことが多々あります。そのため、まず取り組みやすい他の手法から実践し、余力が生まれた段階で導入を検討されることをお勧めします。

なお、導入に際しては、単に従業員を外に出すだけでなく、以下3つの点に配慮して効果を高めるべきです。

  1. 目的の明確化
    「なぜこの活動に参加するのか」という目的を本人と共有する。
    目的が曖昧だと、単なる「遊び」や「時間の無駄」になりかねない。
  2. 自発性の尊重
    オンライン講座の一律受講を強制するのも一つの方法ですが、できれば本人のやる気や好奇心に基づいて参加させることが望ましい。
  3. 組織への還元
    戻ってきた従業員が学んだことを発表し、実務に活かせるプロジェクトに従事させるなど、得られた知見を組織全体に広める仕組みを整える。

上司による業務割当とフィードバック

所属の上司は、従業員にとって最も身近な「偶然の提供者」です。業務の割り振り方ひとつで、部下のキャリアを硬直化させることも、計画的偶発性を誘発することも可能です。

マネージャーたる上司は、部下の現在のスキルだけでこなせる業務(コンフォートゾーン)だけでなく、少し背伸びが必要な業務(ラーニングゾーン)を意図的に割り振るべきです。未経験の課題に直面した際、部下は「好奇心」を刺激され、この課題に対応するための解決策を見出す過程で成長します。

業務を割り当てる際のコミュニケーション例:

  • 「このプロジェクトは今の担当業務とは少し異なる分野かもしれないけれど、貴方の〇〇という強みが活かせるんじゃないかな。新しい視点が得られると思うので、挑戦してみたらどうだろう?」

そして、偶然をチャンスに変える行動を取った部下に対しては、その結果だけでなく「プロセス」を具体的に称賛することが重要です。SBI(Situation: 状況、Behavior: 行動、Impact: 影響)モデルを活用したフィードバックが推奨されます。

「計画的偶発性理論」を人材開発のアプローチとして理論を現場に定着させるためには、経営層による「文化の土壌作り」が不可欠です。

失敗を許容し、挑戦を称える文化

計画的偶発性理論の「冒険心」や「楽観性」を育むためには、失敗を許容する文化が前提になります。失敗を厳しく罰する環境では、従業員はリスクを避け、偶然のチャンスに手を伸ばすことをやめてしまいます。

経営者が発信すべきメッセージ:

  • 「成功の裏には多くの失敗がある。失敗は、新しい道を発見するためのデータです。」
  • 「計画通りにいかないことは、イノベーションの始まりです。」

偶発性を評価する人事評価制度

目標管理制度(MBO)は、期初に立てた計画の達成度を評価する仕組みです。

これ自体は組織の方向性を揃えるうえで有効ですが、「計画外の貢献」が見過ごされやすいという構造的な限界があります。予期せぬチャンスに気づいて動いた行動や、状況の変化に柔軟に対応して組織に貢献した実績は、期初の目標には存在しないため、MBOの枠組みだけでは評価対象になりません。

この限界を補う手段として、行動考課の仕組みを併用するアプローチが有効です。行動考課とは、「何を達成したか(成果)」ではなく「どのように行動したか(プロセス)」を評価の対象とするものです。

計画的偶発性理論の観点からは、好奇心を持って未知の業務に飛び込んだか、想定外のトラブルに粘り強く対応したか、部署の枠を越えて連携を働きかけたか、といった行動が評価項目として設定できます。これらはまさに第2章で整理した5つの行動特性(好奇心・持続性・柔軟性・楽観性・冒険心)に対応しており、行動考課の評価基準として自然に落とし込むことができます。

目標管理制度で「何を達成したか」を問い、行動考課で「どんな姿勢で偶発性を掴みに行ったか」を問う。この二本柱の評価体系を整えることではじめて、従業員は「計画通りの成果を出すこと」と「計画外のチャンスを積極的に取りに行くこと」の両方が正当に報われると感じられるようになります。

評価制度は、組織が「何を大切にしているか」を従業員に伝える最も強いメッセージです。

キャリア自律の支援:セルフ・キャリアドックの活用

厚生労働省が推奨する「セルフ・キャリアドック(企業内キャリアコンサルティング)」を導入するのも一つの方法です。外部のキャリアコンサルタントとの面談を通じて、従業員は自身の過去の偶然を振り返り、それを肯定的に捉え直す機会を得ます。

セルフ・キャリアドックの効果:

  • 「自分の仕事に対する考え方を見直す機会になった。」
  • 「不安に思っていたことが、実は成長の機会であると気づけた。」
  • 「社内の人には言えない悩みも相談でき、前向きな気持ちになれた。」

今回は、クランボルツ教授の「計画的偶発性理論」を軸に、中堅・中小企業における人材開発の実践的なアプローチを多角的に検討してきました。

まず理論の核心として確認したのは、キャリア形成の約8割は偶然の出来事に左右されるという事実です。これは「計画を立てても無意味だ」という主張ではなく、「偶然の出来事を受け止め、活かし、さらに自ら引き寄せる姿勢こそが、変化の時代に求められる力だ」というメッセージです。好奇心・持続性・柔軟性・楽観性・冒険心という5つの行動特性は、その姿勢を日常の行動として具体化したものです。

次に、中堅・中小企業の現場への応用として、人事異動・ジョブローテーション・多能工化・越境学習という施策を整理しました。共通しているのは「意図的に偶然が起きやすい状況を設計する」という発想です。大企業のような潤沢なリソースがなくても、商工会議所の勉強会への参加や異業種交流型のワークショップ研修のように、中堅・中小企業だからこそ取り組みやすい手法は数多く存在します。

そして、これらの施策を個別の取り組みで終わらせず、組織に根付かせるためには制度と文化の両面からの設計が必要です。失敗を許容するメッセージを経営者が繰り返し発信すること、目標管理制度と行動考課を組み合わせて「偶発性を掴みに行った行動」を正当に評価すること、セルフ・キャリアドックを通じて従業員が自分のキャリアを主体的に描けるよう支援すること——これらは互いに補い合いながら、偶発性を歓迎する土壌を育てていきます。

計画的偶発性理論は、「行き当たりばったり」を推奨する理論ではありません。確固たる意志を持ちながらも、世界に対して好奇心の窓を常に開き、予期せぬ変化を自らの成長のエネルギーに変えていく、成長のための理論です。

なお、今回紹介した施策のすべてを一度に導入する必要はありません。週次ミーティングで「先週、想定外だったことを一言話す時間」を設けることでも、評価面談で「指摘されたことを受けて何を変えるか」を一緒に考えることでも、偶発性を活かす組織への歩みは始まります。小さな一手が、やがて組織の文化を変えていきますし、スモールスタートが現実的な解でもあります。

そして、こうした取り組みは、単なる人材開発の話にとどまりません。競争戦略の観点からも、合理的かつ重要な投資です。

以前の記事でも取り上げたリソース・ベースト・ビュー(RBV)とVRIO分析の視点で考えてみましょう。

RBVは、「競争優位の源泉は、市場のポジションではなく、自社の内部資源にある」という考え方です。VRIO分析では、ある経営資源が持続的な競争優位につながるかどうかを、価値(Value)・希少性(Rarity)・模倣困難性(Inimitability)・組織(Organization)の4つの問いで診断します。

この枠組みで、「好奇心・持続性・柔軟性・楽観性・冒険心という5つの行動特性が根付いた組織文化」を評価するとどうなるでしょうか。

まず、変化に素早く対応し偶然のチャンスを掴み取れる人材集団は、VUCA時代において明確な経済価値(V)を持ちます。

次に、こうした文化を意図的に育てている企業はいまだ少なく、希少性(R)も高いといえます。

そして何より、組織文化はお金で買えません。日々の業務の中で積み重ねられた失敗と学びの歴史、上司と部下の間に育まれた信頼関係、「変化を面白がる」という共通の姿勢——これらは時間と経験の積み重ねによってのみ形成されるものであり、競合他社が資金力で一朝一夕に模倣することは不可能です(I)。

最後に、本稿で論じてきた人事異動・越境学習・行動考課・セルフ・キャリアドックといった施策は、まさにその文化を機能させ続けるための組織的な仕組み(O)になります。

つまり、計画的偶発性の文化を育てることは、VRIO分析のすべての問いに「Yes」と答えられる、模倣困難な競争優位の源泉を自社の内部に築くことを意味します

設備投資や採用強化と異なり、競合他社が同じ金額を投じてもすぐには追いつけない「真の強み」です。リソースに制約のある中堅・中小企業にとって、これほど合理的な戦略的投資はないのではないでしょうか。

経営者・上司・人事の役割は、計画に固執する「管理」から、偶然を引き寄せる「支援」へとシフトしていく必要があります。

偶然は、準備ができている者のもとに訪れます。そしてその準備とは、好奇心を持ち、粘り強く、柔軟で、楽観的であり、何より「行動する」ことに他なりません。

本稿が、皆さまの組織における次なる成長の「計画的偶発性」を生み出すきっかけとなれば幸いです。

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