今回は、リソース・ベースト・ビュー(RBV)のフレームワークである「VRIO分析」を用い、現代企業における「人づくり」がなぜ競争優位性を構築するのかをレポートします。
1.リソース・ベースト・ビュー(RBV)とVRIO分析
リソース・ベースト・ビュー(RBV:経営資源ベース論)とは
~「ポジショニング」から「リソース」へ~
1980年代まで、経営戦略の主流はマイケル・ポーター教授に代表される「ポジショニング派」でした。「儲かる市場を見つけ、有利な位置を取れ(外を見ろ)」という考え方です。
これに対し、1991年にジェイ・バーニー教授が「どんなに良い市場にいても、自社に強い武器(リソース)がなければ勝てない(内を見ろ)」というリソース・ベースト・ビュー(RBV)を提唱しました。
この理論の特徴は、「勝つための答えは、市場(外)ではなく、自社(内)にある」という考え方にあります。
リソース・ベースト・ビューでは、企業を「経営資源(リソース)の束」と捉えます。
有形資産 : カネ、モノ、設備(貸借対照表に載るもの)
無形資産 : 技術、ブランド、特許、信頼
人的資源 : スキル、ノウハウ、やる気、人間関係
【ポイント】
リソース・ベースト・ビューにおいて、「有形資産」は他社もお金で買えるため、決定的な差になりにくいとされます。一方で、「無形資産」や「人的資源」は移動が難しく、コピーしにくいため、競争力の源泉になりやすいと考えます。
VRIO(ブリオ)分析とは
~「強み」のレベルを4段階で判定する~
リソース・ベースト・ビューの考え方に基づき、「自社の経営資源がどれくらい強いか」を判定するチェックリストがVRIO(ブリオ)分析です。
以下の4つの問いを順番にクリアしていくことで、その資源が「持続的な競争優位(ずっと勝ち続けられる強さ)」を持っているかを診断します。
では、VRIO分析に「人材」を当てはめて分析していきます。
① Value(経済価値):その資源で「稼げる」か?
◎問い:
- 自社の人材が持つスキルや知識は、顧客のニーズを満たす製品やサービスの提供に貢献しているか?
- 自社の人材は、コスト優位性や差別化を実現しているか?
◎判定:
- NO → 競争劣位(戦う土俵に立てない)
- YES → 次のステップへ
◎「価値がある」と判断される例:
- 顧客ニーズに刺さる提案ができる営業力の高い人材
- 業界トップレベルの技術開発能力を持つエンジニアチーム
- 効率的な物流・調達プロセスを設計・実行できるサプライチェーン最適化に長けた人材。
- 潜在的な法的リスクやコンプライアンス違反を未然に防ぎ、企業の信用失墜という脅威を回避できるコンプライアンス・リスク管理人材。
- 市場に存在しない全く新しい製品カテゴリを生み出し、新たな収益源を確立できる企画力と実行力を持つ新規事業開発のイノベーター的人材。
- 大量の顧客データから精度の高い需要予測モデルを構築し、過剰生産や販売機会の損失を防ぐことで利益率を最大化できるデータサイエンス人材
② Rarity(希少性):その資源は「珍しい」か?
◎問い:
- それを持っている企業は少ないか?
◎判定:
- No → 競争均衡(他社と同じレベル。あっていいが、差がつかない)
- Yes → 次のステップへ
◎「価値がある」と判断される例:
- 長年の経験によって培われた、機械では再現できない高度な技能(暗黙知)を持つベテラン社員。
- 論文引用数や特許数において世界トップクラスの知識を持つ研究者。
- 競合他社よりも技術的に先行しているエンジニア。
- 難関資格や特殊な経験・知識を持つ人材。
③ Inimitability(模倣困難性):その資源は「マネできない」か?
◎問い:
- 他社がそれを手に入れようとすると、莫大なコストや時間がかかるか?
◎判定:
- No → 一時的な競争優位(すぐにマネされ、追いつかれる)
- Yes → 持続的な競争優位の可能性(ここが「城づくり」の核!)
◎「価値がある」と判断される例:
- 創業以来の困難なプロジェクトを共に乗り越える中で育まれた、極めて強固で信頼性の高い部門横断的なチームワーク。
- 失敗を恐れずに挑戦し、その失敗から学習して次の成功につなげるという、長年にわたり醸成された独自の企業文化
- 担当者が長期間にわたり顧客と築いてきた、契約書には記載されない個人的な信頼関係。
創業社長の感性による意思決定もこれに含んでも良いかもしれません。ただ属人的過ぎるので、② Rarity(希少性)とした方が良いかもしれません。この模倣困難性を属人性に依存している(この例のように創業社長に依存している)と、その一人が不在になった瞬間、その企業の競争優位の源泉がなくなってしまうということになります。
他にも、例えばCEOとCTOなど、組織内の重要人物同士の個人的な信頼と連携による意思決定も同様です。
阿吽の呼吸、失敗から学んだ暗黙知、帰属意識、社風などが、模倣困難性を構築します。
④ Organization(組織):その資源を「活かせる」か?
◎問い:
その資源を有効活用するための仕組み、制度、文化は整っているか?
◎判定:
- No → 未使用の競争優位(宝の持ち腐れ)
- Yes → 持続的な競争優位(最強の状態)
◎「価値がある」と判断される例:
- 新しいアイデアを提案した際、すぐに承認し実行に移せるような仕組み
- 人材の貢献を正当に評価し、適切な報酬を提供できる制度
- ベテランの暗黙知やノウハウを、デジタルツールやOJTプログラムを通じて形式知化し、組織全体で共有・活用する仕組み
- 高い専門性を追求する専門職の道と、マネジメントの道を柔軟に選択できるキャリアパスシステム
- 挑戦的なプロジェクトでの失敗を個人の責任とせず、学びの機会として評価するような失敗を許容する環境
- 競争力の源泉となる人材の心理的安全性の確保
VRIO分析の結果
このようにVRIO分析を「人」に当てはめた結果は、次の通りです。
- 「優秀な個人」だけでは、R(希少性)止まりである
どんなに優秀なプロフェッショナルでも、ヘッドハンティングでお金を出せば他社へ移れます。また、創業者の例を「I(模倣困難性)」の説明で挙げましたし、Rの次のステップまで到達できるという解釈もできそうです。ですが、「個人」に依存している限り、それは「一時的な優位」に過ぎません。 - 「I(模倣困難性)」は、「良い人材」が「その組織にいるからこそ」発揮できるパフォーマンスであり、「O(組織)」がなければ、良い人材も機能しない。
他社がお金で買えないのは、「その人がその組織にいるからこそ発揮できるパフォーマンス」です。そして、この模倣困難性は、チームワークや信頼関係、挑戦する風土という組織文化に裏付けされなければ、発揮できないものでもあります。
2. VRIO分析と「模倣困難性」
企業の競争力がどこにあるのかを分析する手法「VRIO分析」において、持続的な競争優位性を築く鍵は、3つ目の要素「I:模倣困難性(Inimitability)」にあるとされています。
- V (Value:経済価値) … その人材・資源に価値はあるか?
- R (Rarity:希少性) … その人材・資源は希少か?
- I (Inimitability:模倣困難性) … その強みは他社がマネできないか?
- O (Organization:組織) … 資源を活かす組織体制があるか?
資金さえあれば「最新の設備」や「高スペックな人材」は調達可能です(VとRは買える)。しかし、「組織の風土」や「人間関係」は、時間をかけなければ構築できないため、他社は簡単にマネができません(Iは買えない)。
なぜマネできないのか? その理由を城郭建築の構造になぞらえて解説します。
① 複雑性 ~石垣の強度は「噛み合わせ」で決まる~
城の石垣(野面積み)の強さは、個々の石の硬さだけではなく、不揃いな石同士が絶妙に支え合う「噛み合わせ」によって生まれます。
組織においても同様です。優秀な個人(石)を引き抜くことはできても、そのチーム内で培われた「阿吽の呼吸」や「信頼関係」(噛み合わせ)までは引き抜けません。 この人間関係の複雑さや人材の組み合わせの妙が、他社の模倣を阻みます。
② 経路依存性 ~「歴史」という買えない資源~
堅牢な城は一朝一夕にはできません。長い歳月をかけることで堅牢な城に育っていきます。
組織の強さは、過去の「創業時の苦労」や「プロジェクトの失敗と克服」といった共有された物語(ナラティブ)の上に成り立っています。どの会社にも、大なり小なり過去の成功や失敗を踏まえたルールが存在するでしょう。これも堅牢な城を築くための不可欠な要素です。
急ごしらえの組織(一夜城)が、歴史を共有した組織に勝てないのは、この「時間の蓄積」をショートカットできないからです。
③ 不可視性 ~見えない「栗石(ぐりいし)」の役割~
石垣の表面にある大きな石の裏側には、「栗石」と呼ばれる無数の小石が詰め込まれています。これらは外からは見えませんが、水はけを良くし、内側からの圧力を分散させる不可欠なクッション材です。
外から見えるのは「カリスマリーダー」や「ヒット商品」という表面の大きな石だけです。しかし、組織の本当の強度は、「不断の研究を続ける組織文化」や「失敗を隠さない風土」といった、外からは見えない地味な行動(=栗石)に支えられています。
競合他社は「なぜあの会社が強いのか」の本当の理由(裏側の仕組み)が見えないため、表面だけを真似しようとして失敗します。
3. 戦略の実践:「人づくり」への落とし込み
さて次は、この「人づくり」をスローガンで終わらせず、組織のOS(オペレーティングシステム)として実装するための施策です。
各フェーズにおいて、他社が模倣できない「関係性・歴史・見えない貢献」をどうエンジニアリングするかを具体的に考えます。
A. 採用戦略:石垣の「噛み合わせ」を見極める
~VRIO要素:社会的複雑性~
単に「スキルが高い(四角い)石」を集めるのではなく、既存の組織という石垣にフィットし、強度を増す「凹凸のある石」を探します。
① コンピテンシー面接の刷新(カルチャー・アド採用)
- 目的
「カルチャー・フィット」だけでは組織は多様化せず同質化します。したがって、「カルチャー・アド(組織に足りない視点を加え、刺激を与える)」人材かが重要です。 - 具体的質問例
- 「チームの成果のために、あえて自分の主張を引っ込めた、あるいは逆に空気を読まずに発言した経験はありますか?」(組織内での摩擦と調和のバランスを見る)
- 「目立たない役割で、チームを支えた具体的なエピソードを教えてください。」(栗石としての資質を見る)
② 現場社員による「すり合わせ」選考
- 施策
最終面接前に、配属予定チームとのランチやカジュアル面談を必須化する。 - 判定基準
能力だけでなく、「この人と一緒に働きたいか?(心理的安全性)」という直感を言語化して、メンバーですり合わせを行い採否の材料とします。
B. オンボーディング(定着):組織の「歴史」をインストールする
~VRIO要素:経路依存性~
新しい社員を最短距離で「城づくりの当事者」にし、組織独自の文脈を共有します。
① 「失敗の歴史」の語り部セッション
- 施策
成功談のみならず、会社の存続を揺るがすような「過去の失敗」や「修羅場」を語る場を設ける。 - 効果
これを聞くことで「なぜ今のルールがあるのか」「なぜこの価値観を大切にするのか」という文脈(ナラティブ)を深く理解させることができます。
② メンター制度「石垣パートナー」
- 施策
業務指導役とは別に、斜め上の先輩社員をメンターにつける。 - 役割
業務マニュアルには載っていない「社内の不文律」や「人間関係の機微(誰に根回しすべきか等)」という暗黙知を伝授する。
C. 人材育成・配置:個性を活かした「野面積み」
~VRIO要素:人的資本の最大化~
画一的なマネジメントや研修で角を削るのではなく、個々の「尖り」を活かす配置を行います。
① タグ付けと異能配置
- 施策
全社員のスキルだけでなく「学生時代や前職の変わった経験」「性格特性」をタグ付けしてデータベース化(タレントマネジメントシステム等の活用)。 - 活用
新規プロジェクト発足時に、似た者同士(四角い石ばかり)でチームを組ませず、意図的に異質なタグを持つ人材(丸い石、三角の石)を混ぜ合わせることで、イノベーションと相互補完を生み出します。
② 越境学習と「出向」の社内版
- 施策
所属部署に籍を置きつつ、他部署のプロジェクトに20%のリソースで参加できる制度。 - 効果
これが部署間の壁(サイロ)を壊し、組織全体に「横のつながり(接着面)」を増やすことにつながり、城全体の揺れに対する強度を高めます。
D. 評価制度:「栗石(ぐりいし)」に光を当てる
~VRIO要素:不可視性~
数字に見える成果(大きな石)だけでなく、組織を内側から支える行動(栗石)を評価・報酬に連動させます。これが「なぜかあの会社は強い」の正体を作ります。
① 称賛の可視化
- 施策
社員同士が、日々の些細な感謝や貢献に対して少額の報酬(ポイント等)を送り合う仕組みを導入。コストを抑制するために、単に肯定的な反応を言語化する(伝える)ことの徹底でも良いでしょう。 - 対象となる感謝・貢献の例
「会議の準備をしてくれた」「落ち込んでいる時に声をかけてくれた」「資料集めを丁寧かつ正確にしてくれた」といった、KPI設定できない定性的な貢献を可視化します。
② チームへの貢献評価の比重を拡大
- 施策
個人の業績評価と同等、あるいはそれ以上に所属課やチームへの貢献のウェイトを高める。 - 具体例
個人のミッションに加え、チーム全体の目標達成を後押しすることを目標に取り入れたり、また逆に、個人の売上はトップでもチームの雰囲気を壊す(心理的安全性を下げる)社員の評価をしっかりと下げるようにします。
4. 結論
「人は城、人は石垣、人は堀」
戦国武将・武田信玄のこの言葉は、現代においても通用する人づくりに関する「競争優位の源泉」を示す格言です。
それは「人」を通じて「時間」と「関係性」という無形の資源を積み上げることで、誰にも真似できない最強の競争優位性を築くという、経営の核心を突いた名言といえるのではないでしょうか。
「組織」とは「共通の目的を達成するために、協働の意思とコミュニケーションをもって結びついた人々の集合体」と定義されます。そして、マネジメントとは「人と人の関係性の強化・調整」です。
「組織開発」が注目される今だからこそ、その源泉となる「人」に注目すべきですし、その人を通じて構築する無形の資源がもたらす競争優位に着目すべきです。
500年の時を超え、改めて武田信玄の言葉が重く感じられます。
