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出社回帰の潮流と経営戦略

人事・総務の話題

──在宅勤務からの転換が意味するものと、中堅・中小企業の逆張り戦略──

コロナ禍(2020〜2022年)に一斉に導入されたリモートワークが、いま急速に縮小の局面を迎えています。パーソルキャリアのJob総研が2026年に実施した調査によれば、回答者の75.5%が「出社頻度が増加した」と答え、その理由の筆頭は「会社の方針が変わった」(39.7%)でした。この調査によれば週5日出社が48.3%とコロナ禍以降の最多となり、かつてのフルリモート勤務はごく少数派となりつつあります。この調査は対象者が327人と少ない点が要注意であるものの、一つの参考になるでしょう。

一方、ガートナージャパンが2025年4月に実施した調査では、リモートワークをまったく実施していない企業の割合がコロナ禍中の12.6%から2025年には22.6%へと約10ポイント上昇し、「全社員の50〜80%がリモート」という企業は49.3%から32.3%へと大きく低下しました。日経BPの定点観測調査(2025年10月実施)でも、週3日以上在宅勤務する人の割合は30.2%と過去最低水準になっています。

この二つの数字は同じ方向を示しています。私は「出社回帰は予想された流れ」だと考えており、ここ1〜2年でその加速が顕在化してきた段階にあると捉えています。

海外の大手企業

出社回帰の流れを牽引したのは欧米の大手企業です。

Amazonは2024年9月に週5日フル出社を発表(2025年1月適用)。同じ2025年1月には、米通信大手AT&Tと米銀最大手JPモルガン・チェースも週5日フル出社に踏み切り、IT大手のデル・テクノロジーズも3月から追随しました。

JPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEOは「対面での業務はメンタリング・学習・ブレインストーミングを大幅に改善する」と述べ、イントラネットには社内からの反対意見が1時間に300件以上集まる反発が起きたにもかかわらず方針を貫きました。米金融業界の対応のすべてがフル出社になっているわけではありませんが、すでにゴールドマン・サックスが週5日フル出社に戻しており、JPモルガンが追随したことは注目すべき流れになっています。

デルは、2024年に従業員にハイブリッド勤務かリモート勤務かを分類することを義務付けるハイブリッド勤務制度を導入しました。この制度では、リモート勤務者には昇進の機会が与えられない設計になっていたにもかかわらず、従業員の約50%が昇進制限を受け入れてリモートワークを選択したと報道されています。同社のフル出社への回帰宣言が、この後に出されていることを考慮すると、この従業員の選択が経営判断の呼び水になったことが想像できます。

また、かつてリモートワークの象徴的存在だったZoom社でさえ、フルリモートを廃止し、週2日出社のハイブリッド型に移行したことは、まさに出社回帰の象徴的な事例といえます。

ブルームバーグが2025年8月に実施した調査では、カナダ・米国の金融機関15社の出社要件は平均週4.2日、欧州でも平均3.4日に達しています。

国内の事例

日本国内でも出社回帰の動きが相次いでいます。

リモートワークの先駆者として知られるGMOでさえ、新型コロナウイルスの5類移行よりも先に、2023年2月から週3日出社・週2日在宅勤務の推奨体制を廃止して原則出社体制を再開しました。

グローバルコンサルティング大手のアクセンチュアの日本法人は、2025年6月から週5日フル出社に方針を転換しました。従来週3日の出社を推奨していた同社は、現在フル出社が必須になっています。

LINEヤフー(現LYコーポレーション)は2024年12月、「完全フルリモート」の廃止を発表しました。これは「永続的なリモートワーク宣言」からの大転換として大きな波紋を呼びました。特にITエンジニアを中心に「リモートを理由に入社したのに」という反発がSNSに溢れたことは記憶に新しいところです。そしてその後、段階的に出社頻度を引き上げ、2026年4月からは週3日出社を義務付け、新たな「交差点オフィス」を開設しています。出社することで対面の偶発的な対話を生み、創造性を高めるという「Stay Closer, Go Further」をコンセプトにしています。

野村ホールディングスは、2025年8月、国内社員に対する出社要件を現行の「月の勤務時間の20%以上(週1日相当)」から「40%以上(週2日相当)」へと引き上げることを発表し、2026年春から適用するとしました。広報担当者は「多くの社員がオフィスで直接語り合うことにより、新たなアイデアが生まれ、生産性の向上や次世代育成、リスク管理の強化が期待できる」と語っています。みずほ・三井住友・三菱UFJなど大手銀行は全社的な最低出社日数こそ設けていませんが、「ハイブリッド勤務」の旗のもとで実質的な出社頻度は上昇傾向にあります。

コロナ禍での一斉リモート導入で、通勤時間の削減というメリットを享受した社員の意識変化は大きいものがあります。私も、社員が在宅勤務を希望する気持ちは十分に理解できます。しかし、経営者視点で考えると、リモートワークを推奨するメリットはほとんど存在しないと断言してよいでしょう。

まずコスト面から考えます。

出社しない社員がいてもオフィスは維持しなければなりません。これが一番大きなコスト負担になります。さらに、フルリモートでなければ通勤交通費も従来通り支給が必要です。加えてリモート対応のITインフラ整備コストが加算される場合もありますし、自宅にリモート環境を整えたり光熱費相当として金銭的補助を支給する会社もあります。コスト面からは削減できるコストよりも、追加発生するコストが上回る場合が相当数存在するでしょう。

次に公平性の問題があります。

リモートで業務が完結する職種と、現場に出なければならない職種の間で、待遇の公平感を保つことはできません。さらに、一部の社員がリモートで働く間、出社している社員が外線電話対応や来客応対、細かな雑務を引き受けなければならないという不公平も生じます。これは目に見えにくい摩擦ではありますが、現場で不平を生みやすく職場の雰囲気を蝕む深刻な問題です。

人材育成・組織文化の継承の観点でも、リモートワークの弊害は大きいものがあります。

部下・後輩への指導はリモートでは非常に困難です。何気ない雑談から生まれる気づき、先輩の仕事ぶりを傍で見て学ぶ「見て覚える」経験、直接的なフィードバックの機会など、いずれも出社によってはじめて生まれるものです。若手社員にとってオフィスは「職場文化を肌で学ぶ場」であり、これを失うことの長期的ダメージは決して軽視できません。

総務省の調査でも、テレワーク導入企業が感じた課題として「できる業務が限られている」「従業員同士のコミュニケーションが取りづらい」が上位に挙がっており、テレリモ総研の2026年調査でも、リモートワークのデメリット筆頭は「対面でのコミュニケーションが減る」(52.4%)と、唯一の過半数回答となっています。

経営者にとって在宅勤務を推進するデメリットは大きいと評価せざるを得ません。雇用契約に定められた事務所に出勤することは社員の義務であり、経営の観点からは社員の通勤負担は関係ありません。これが経営の正直なところです。

あえてリモートワークに経営的意義を見出すとすれば、それは採用競争力の確保とリテンション(人材定着)の二点に尽きます。

Indeed Japanの調査によれば、求人サイト上での「リモートワーク」検索数は2025年3月時点でコロナ禍前の2.9倍に増加しています。在宅勤務を希望する求職者の割合は依然として高く、特にITエンジニアやデジタル人材などの職種においては、リモートワークの可否が応募判断を左右する一つの条件になっています。

この採用・リテンションの圧力がある限り、大企業の多くは「完全な原則出社」には回帰しにくいのが現状です。原則出社に踏み切れない企業の多くが、人材流出や採用難を恐れているのが実態です。ただ、視点を変えれば、出社回帰はむしろ原則出社に方針を転換する企業の増加、原則出社寄りのハイブリッド型の増加により、採用とリテンションの問題が緩和してきたからこそ、出社回帰の流れが加速していると解釈できます。

各社の方針転換によって転職市場でフルリモート求人が減少し、「出社が嫌なら辞める」という脅しが効かなくなってきたことで、ようやく企業が本音に忠実な判断を下せるようになってきたのです。

ガートナージャパンは「リモートワークを完全廃止することは、優秀な人材獲得機会の喪失につながる可能性がある」としていますが、これも採用・リテンションの観点に基づく指摘として理解できます。

しかし、経営効率や業務品質という採用・リテンション以外の観点からは、むしろ出社が望ましいというのが現実です。

現在の働き方は大きく「原則出社(緊急時のみリモート可)」「フルリモート」「ハイブリッド型」の三つに分類されます。この三分類の中で、どのパターンが経営合理性が高いかと問われれば、多くの業種・職種においては「原則出社(緊急時のみリモート可)」が最も合理的です。

医師から出社制限が掛かるコロナ・インフルエンザ等の感染症罹患時、乳幼児を養育する場合、骨折等の私傷病による通勤困難な場合など、限定的に在宅勤務を認める設計は、経営の実態に即した合理的な落としどころです。「特別な事情がある場合に限り認める」という原則を明確にすることで、公平感も維持しやすく、恒常的なリモートワークがもたらすデメリットは回避できます

一方で、採用難に悩む中堅・中小企業にとっては、まったく逆の戦略が有効になり得る局面でもあります。大企業を含む多くの企業が出社回帰を進める今こそ、「フルリモート」あるいは「フルリモート寄りハイブリッド型」を打ち出す企業は差別化することが可能です。

リモートワークを希望する転職者やUターン・Iターンを考える人材、育児・介護中の優秀な人材が「希望業界や勤務希望エリアで唯一のフルリモート企業」や「原則出社でなくリモートワークに理解のある中堅・中小企業」として吸い寄せられる可能性は高まっています。

今だからこそ、大企業では敬遠されるような柔軟な働き方を武器に、大企業から人材を引き剥がすことすら選択肢に入ってくるかもしれません。

ただしこの戦略が機能するのは、リモートで業務が完結するBPO・SaaS・人材サービス業やSEなどの一部の業界・職種に限られます。また、組織文化の維持やマネジメントの難しさは避けられないため、適切なITツールの整備とオンライン・オフラインを組み合わせたコミュニケーション戦略への工夫や投資も必要です。

このように「逆張りフルリモート」は容易に実現できる選択肢ではありませんが、今後さらに出社回帰の流れが加速してくると、採用競争が苦しい中堅・中小にとって、ますます有力な差別化のカードになることでしょう。

逆張りの事例:【フルリモート】マルゴト株式会社

採用面での強みとして秀逸なのが「転勤族のパートナーを持つ人材」の取り込みです。同社の代表のインタビューでは、パートナーが転勤族で、どこに転勤してもキャリアダウンしないという点が訴求ポイントだと話されています。また、育児・介護中の人材や、好きな地域に住みながら働きたい人材が集まるとしています。

Q:社員の方は全員フルリモートで、人数も190名以上いるとのことですがそこまでの人数を採用できてるのも凄いですよね!

A:培ってきた採用ノウハウを自社の採用にも生かしていますし、それ以外にも理由があると思います。
1つは正社員でフルリモートという点。一部リモートの会社は多いですが完全フルリモートは珍しいですからね!
僕自身も、父親の介護の関係で北海道に戻ってきたこともあり、地方にいながら仕事を続けられることの大切さを実感しました。
フルリモートにすることで、地理的な制約がなくなり、北海道に限らず、全国どこからでも働ける環境を作っています。
社員全員がフルリモートで働いているので、出世やキャリアアップのチャンスも平等に与えられています。
リモートの社員だけ「出世できない」や「給料が上がらない」みたいなリモートあるあるはうちにありません。

出典:札幌シゴト図鑑43°より抜粋
https://sp-shigotozukan.com/interview/1502/

逆張りの事例:【フルリモート】株式会社キャスター

求人票で「地方在住で通勤に縛られず、これまでのキャリアを活かしたい方」「未就学児の子育て中や介護などで柔軟な勤務が必須の方」とターゲットを明記しており、大都市圏の大企業が出社回帰を進める中で、そこから溢れ出た人材を吸収する構造を意図的に作っています。

2020年以降、リモートワークを導入する企業が増えましたが、コロナ禍の収束に伴い、出社回帰へと進む企業も増えつつあります。
キャスターは、今後さらにリモートワークをより良い働き方にアップデートし、リモートワークは「最高の働き方」であると誰もが認識出来る環境を作っていきます。
そのために、まず、自社だけでリモートワーカーを1万人以上雇用することを目指します。同時に生産性の向上に努め、報酬や待遇を含めたフルリモートワーク組織としてのモデルケースを築きます。

出典:株式会社キャスターHPより抜粋
https://caster.co.jp/101999/

出社回帰は、経営合理性の観点からは「当然の帰結」です。

リモートワークは、コロナ禍という緊急事態への対応として導入されたものであり、平時においては経営効率・人材育成・チームの一体感・公平性の観点でデメリットが多いためです。それでも出社回帰が進んでこなかった理由は、採用とリテンションへの懸念があったからに過ぎません。

転職市場でフルリモート求人が減り、出社回帰が標準となりつつある今、その抑止力が薄れ、多くの企業が一気に「本音」の方向へ舵を切っています。経営的に原則出社が合理的である以上、私はこの流れは今後も継続・加速すると考えています。

そのような環境のなかで、採用競争力を磨きたい中堅・中小企業には「フルリモート」「フルリモート寄りのハイブリッド型」という差別化戦略の余地が広がっています。多くの企業が出社回帰へ向かう今こそ、採用戦略を踏まえたうえで自社の業務内容を再整理し、逆張りの働き方ポリシーへの転換に挑戦することは一考に値するのではないでしょうか。

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