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書評:『創造的論文の書き方』

書評

一橋大学で長年にわたり院生の論文指導にあたってきた伊丹敬之氏が、研究や論文執筆のあり方を自身の経験に基づいてまとめた一冊です。

学生・研究者向けの本ではありますが、「文章で人を説得する」という営みそのものを扱っているため、ビジネス文書を書く社会人にとっても学びの多い内容になっています。

  • タイトル:創造的論文の書き方
  • 著者:伊丹 敬之
  • 出版社:有斐閣(2001年12月刊)

目次

対話編 若き弟子たちの悩み
 第1章 研究するということ
 第2章 文章を書くということ
 第3章 考えるということ、勉強するということ
概論編 研究の仕方、文章の書き方
 第1章 テーマを決める
 第2章 仮説と証拠を育てる
 第3章 文章に表現する
 第4章 止めを打つ
 第5章 小さな工夫、ふだんの心がけ
 付録 論文の書き方について 伊丹メモ〔統合版〕

創造的論文とは何か?という定義から本書は始まります。

仮説を思いつく創造性と、その仮説を証拠立てて論証する創造性という、二つの創造性が豊かに備わった論文のことだと著者は述べています。ただし、研究プロセスにどれだけ創造性があっても、文章表現が拙ければその価値は読み手に伝わりません。だからこそ、分かりやすく説得的な文章を書く技術が不可欠だという指摘には、深く納得させられました。

「見えない構造を理解する」という項も印象的でした。自分のものの見方や思考の枠組みを絶対視せず、他と相対化して眺めることの大切さが説かれています。

自分の構造の欠陥は自分では気づきにくく、他者からの批判を素直に受け止め、それを手がかりに内省するほかない、という指摘は、研究に限らず仕事全般に通じる姿勢だと感じました。

テーマ選びの基準も具体的です。著者は、単に知的興奮を呼ぶ「面白い」テーマよりも、知的好奇心をかき立てる「不思議」なテーマの方が優れているとし、良いテーマの条件として、①不思議であること、②一言で言い表せること、③少し背伸びが必要であること、④10年は色あせないこと、の4つを挙げています。

中でも「入口は狭く、奥行きは深く」という言葉が心に残りました。初心者ほど間口の広そうなテーマに手を伸ばしがちですが、本当に価値があるのは、狭い入口の先に本質的な問いへとつながる奥行きを持ったテーマだという指摘には、はっとさせられました。

説得の方法論についても具体的に語られています。ある理論的主張が現実に当てはまることを他人に納得させる方法として、①データの豊富さで信用してもらう、②論理の緻密さで信用してもらう、③断片的なデータと論理を組み合わせて全体像を描き出す、という3つが紹介されており、著者が沼上幹氏(一橋大学)と共に「論理重合体合成法」と呼んだ手法は特に印象的でした。あちこちに散らばる証拠の断片を、一つの仮説の下で説明できることを示すことで説得力を生み出す、という考え方です。

また、レポートと論文の違いについての指摘も鋭いものでした。調べたことをまとめただけのものはレポートであり、論文とは読み手の立場に立って、なぜその結論に至るのかを説得するプロセスだという定義は、文章を書くすべての人が意識すべきことだと思います。

加えて、人は文章を線的にしか読めないという前提に立ち、論の展開順序を丁寧に設計すべきだという主張も、実務での資料作成に直結する学びでした。

「書くことは考えること」という章も非常に共感できました。頭の中だけで考えを完結させず、6〜7割程度まとまった段階で一度文章に書き出すべきだという主張です。書くことで思考が視覚的な刺激を受けて新しいアイデアにつながること、そして自分の考えを客体化して相対的に見られるようになることの、二つの効用が説明されています。さらに、書くことが論理を刺激する仕組みとして、言葉が思考を刺激する、文脈のつながりを考えさせる、整理を促す、書いた内容が自分に染み込んで理解が深まる、という4つのパターンが紹介されており、非常に腑に落ちる内容でした。

正確な文章の条件についての整理もわかりやすいものでした。細部まで漏れなく書くことが正確さではなく、①文章内に論理矛盾がないこと、②用語や概念の定義が明確であること、③日本語として意味の通る文章であること、の3つが満たされていることこそが正確な文章だという定義は、実務文書のチェックにもそのまま応用できそうです。

論文の締めくくり方についての「止め」の考え方も興味深いものでした。論文本体がすでに行われた研究の報告、つまり「過去」だとすれば、その先の展開は「これから行われるだろう研究」という「未来」であり、両者をつなぐ結節点が「止め」だという捉え方です。自分の分析結果がより大きなテーマの一部であったことを振り返ることで、建設的な展望を描きやすくなるという指摘は、論文に限らずプレゼンテーションの締め方にも応用できると感じました。

本書は経営学の論文を主な対象としているため、「ビジネス・インプリケーション」という言葉が頻出します。これは、データや事実(ファクト)の裏にある「示唆(そこから何が言えるか、どんな影響があるか)」や、言葉に表れない「行間・言外の意味」を指します。この視点は、報告書や提案書を書く実務の場面にもそのまま活きるものだと感じました。

また、著者が巻末に付した「論文の書き方について 伊丹メモ」という執筆時の注意事項のまとめは、論文だけでなくビジネス文書全般にも通用するヒントが詰まっています。「本質が何かを常に考える」「狭く入って、深く掘る」「鳥の目と虫の目を使い分ける」「スピーディーに思考実験する」「言葉を大切に使う」という普段の心がけは、報告書やメール一本を書くときにも意識しておきたい姿勢です。

本書は、論文の「書き方」というテクニックにとどまらず、研究や思考そのもののあり方を問い直す一冊です。テーマ設定の考え方、説得の方法論、「書くことは考えること」という視点は、学術論文に限らず、ビジネスの現場で報告書や提案書を書くすべての人にとって、応用のきく普遍的な知恵だと感じました。

「文章がうまく書けない」「何を伝えたいのか自分でも整理できていない」と感じている方には、書く前の準備段階から見直すヒントを与えてくれる一冊としておすすめできます。


創造的論文の書き方
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