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書評:両利きの経営 ― なぜ成功企業ほど変われないのか

書評

「両利きの経営」という言葉自体が経営学のキーワードとしてすっかり定着しているように、本書は経営者・ビジネスパーソンの間で名著として広く知られている一冊です。入山章栄氏や冨山和彦氏による解説が付いていることもあり、日本でも組織論・経営戦略の必読書として紹介されることが多く、実際に読んでみてもその評価に納得の内容でした。

  • タイトル:両利きの経営
  • 著者等:チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン
  • 出版社:東洋経済新報社

なぜ成功企業ほど「探索」を怖がるのか

ネットフリックスはもともとDVD郵送レンタル業でしたし、キリンはビール会社でありながらバイオや農産物事業を手がけています。オンライン書店として始まったアマゾンは、今やクラウド事業の巨人です。こうした企業に共通するのは、時間の経過とともに見事に転身を果たしているという点です。

一方で、コダックは破産し、ファイアストンはブリヂストンに買収されました。本書は、その差を「ダイナミック・ケイパビリティを発揮し、内外のコンピテンシーを統合・再構築できたかどうか」という点に見出しています。

印象的だったのは、「探索は非効率でリスクが高いため、怖い」という一文です。既存事業を深めていく「深化」の方が短期的な成功確率が高いのは当然で、だからこそ多くのリーダーは新しい機会を感じ取れず、自社の資産を再構築できないまま衰退していく。これは頭では分かっていても、実際の経営判断の場面ではつい深化に偏ってしまう、というのが人間の性なのだろうと感じましたし、私自身の経験に照らしても、ものすごく腹落ちする指摘でした。

サクセストラップの正体

本書では、組織が「探索→成長→深化」というライフサイクルをたどるにつれて、求められる組織文化が一様でなく、異なる方向に変化していく様子が描かれています。

  • 探索段階
    スピード、自発性、適応力が重要。
    フラットで学習する組織を維持し、実験と機敏さを評価する文化。
  • 成長段階
    プロセスと手順の確立、より厳格な評価・管理、公式な構造の確立。
  • 成熟・深化段階
    予測可能性、安定性、効率性、バラツキの削減、コントロールが重視される。

成功して市場や技術が成熟するほど、組織は中央集権的・標準化された「深化」向きの体質になっていくわけです。つまり、成功そのものが「探索」を難しくする構造を生み出してしまう。これが「サクセストラップ」と呼ばれる所以で、シアーズやスミス・コロナ、ブロックバスターなど、かつての大企業の失敗例に共通する構図として紹介されています。

アマゾンに学ぶ「両利き」の実践

アマゾンの取り組みがすべて成功したわけではありません。イーベイとのオークション競争や、コスモコム・ペッツコムといった新技術探索のための買収は失敗に終わっています。こうした投資の多くは短期的には失敗に終わったものの、そのなかには最終的にアマゾンが新分野へ移行する際の組織能力の開発に役立ったものもあった、という指摘は非常に示唆的でした。「多くが失敗し、その一部が後に活きた」のであって、失敗した投資自体が土台になったわけではない、というニュアンスは押さえておきたいところです。

Amazonプライムも、リリース当時はどんなシミュレーションを行っても赤字になるという結果で、ヘビーユーザーしか会員にならないのではという懸念も含め、様々な不安があったそうです。それでも結果として、会員としての恩恵を最大限に享受したいという顧客の衝動を解き放ち、顧客を「アマゾン依存症」と呼べるような状態に変えてしまいました。購入額は同サイトで平均2倍になり、顧客はより多くのカテゴリーにまたがって購入するようになった。その顧客行動の変化が、多くの売り手にアマゾン向け商品を取り揃えさせる結果につながったという、需要側の変化が供給側を巻き込んでいく連鎖が興味深いところです。

また、「ピザ2枚で足りる人数」という少人数の「ツーピザチーム」による分権化も印象的でした。ベゾスは「問題に最も近い人が、問題解決に最も適している」と考え、イノベーションには階層構造ではなく分権化が必要だと信じていたそうです。ベゾス自身の「私がすべてのアイデアを持っているわけではない。私の役割はイノベーションの文化を構築することだ」という言葉は、リーダーの役割そのものを表していると感じました。

IBMとシスコ、明暗を分けたもの

本書でとりわけ興味深かったのが、IBMとシスコシステムズの対比です。IBMが新技術と市場機会を逃してしまう理由として、以下のような点が挙げられています。

  1. 既存のマネジメントシステムが短期的な実行に報酬を与え、戦略的な事業構築を重視していない
  2. 既存の市場・製品しか眼中になく、破壊的技術や新しい市場に気づきにくいプロセスになっている
  3. 利益率や一株当たり利益の改善が重視され、イノベーション加速より安定した収益性が優先される
  4. 事実ベースの財務分析にこだわるあまり、不確かな新市場の情報を生かせない
  5. 新規事業の選別・実験・資金提供・終了に関する規律が確立していない
  6. 選定を通過しても、起業家的リーダーシップの不足で実行段階で失敗しやすい

こうした課題を乗り越えるために生まれたのが「EBO(エマージング・ビジネス・オポチュニティ)プロジェクト」です。2000〜2005年にかけて、既存事業の企業買収による売上貢献が9%増だったのに対し、EBOは19%増という結果を出しています。

一方のシスコは、多くの場合、人材をパートタイムの仕事として新規事業に参加させていました。成功したIBMが人材を一つのEBOに専任で割り当てていたのとは対照的です。「片手間でイノベーションは生まれない」という、当たり前だけれど見落としがちな教訓だと思います。

両利きになるための4つの要素

本書では、組織が両利きの経営を実現するための要素を、次の4点に整理しています。

  1. 探索と深化が必要であることを正当化する明確な戦略的意図
    (探索ユニットが活用できる組織能力・資産を明確にすることを含む)
  2. 新しいベンチャーの育成・資金供給に経営陣が関与し、監督し、その芽を摘もうとする人々から保護すること
  3. 深化型事業から十分な距離を置きつつ、成熟部門の資産・組織能力を活用できる組織的インターフェースを設計すること
    (探索ユニットをいつ打ち切るか、いつ組織に再編入するかの判断基準も含む)
  4. 探索ユニットと深化ユニットにまたがる共通のビジョン・価値観・文化

特に③の「十分な距離を置きながら、必要な資産にはアクセスできるようにする」という設計の難しさは、実務上もっとも悩ましいポイントだと感じます。

USAトゥデイは建物は同じでもフロアを分け、サイプレス・セミコンダクターは新規事業を本社の外に出したそうですが、こうした物理的な分離が、古い組織の惰性から新規事業を守るために不可欠だった、という指摘には説得力がありました。

リーダーに求められる3つの行動

  1. 新しい探索事業が新規の競合に対して優位に立てるよう、既存組織の資産や組織能力を突き止める
  2. 深化事業の惰性が新しいスタートアップの勢いをそがないよう、経営陣が支援・監督する
  3. 新しいベンチャーを正式に切り離し、成熟事業からの干渉なしに必要な人材・構造・文化を調整できるようにする

両利きの経営に必要な5つのリーダーシップ

  1. 心に訴えかける戦略的抱負を示して、幹部チームを巻き込む
  2. どこに探索と深化との緊張関係を持たせるかを明確に選定する
  3. 幹部チーム間の対立に向き合い、葛藤から学び、事業間のバランスを図る
  4. 「一貫して矛盾する」リーダーシップ行動を実践する
    (あるユニットには利益と規律を求め、別のユニットには実験を奨励する)
  5. 探索事業・深化事業についての議論や意思決定に時間を割く

これらはどれも、「片方を選ぶ」のではなく「両方を同時に、矛盾を抱えたまま進める」覚悟をリーダーに求めるものです。妥協点を探るのではなく、対立をあえて議題に挙げて全体を前進させる、という発想の転換が必要だと感じました。

多くの経営者やビジネスパーソンから名著と評される理由がよく分かる一冊でした。本書は、なぜ成功している企業ほど変化に対応できず衰退していくのか、そしてそれを乗り越えるために経営陣は何をすべきか、という問いに、豊富な企業事例(アマゾン、IBM、富士フイルム、コダック、シアーズ、スイスの時計産業など)とともに答えてくれる一冊です。

読んでいて特に刺さったのは、「深化で成功すると、往々にして探索がうまくいかなくなる」という一節です。効率化や標準化を突き詰めるほど、新しい挑戦を受け入れにくい組織になっていく。これは企業規模の大小を問わず、あらゆる組織が抱えるジレンマだと思います。

また、両利きの経営は決して「現場の一社員が実現できるもの」ではなく、経営陣による戦略的意図の提示と、継続的な支援・保護があって初めて機能する」という点も、繰り返し強調されていました。新規事業が既存事業にとって邪魔者や脅威に見えるのは当然のことであり、だからこそ上級リーダーが「探索を正当化し、促進する」役割を担わなければならない、という指摘は重く受け止めるべきだと感じます。

自社や自部門が「深化」に偏りすぎていないか、探索のための資源や経営陣の注意がきちんと確保されているか。そうした問いを自らに投げかけたい経営者・リーダー、そして新規事業や組織改革に携わるすべての方におすすめしたい一冊です。


両利きの経営(増補改訂版) 「二兎を追う」戦略が未来を切り拓く [ チャールズ・A・オライリー ]
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